あっという間に5刷、異例の「英語学習参考書」ヒットのワケ

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ヘミングウェイで学ぶ英文法

『ヘミングウェイで学ぶ英文法』

著者
倉林秀男 [著]/河田英介 [著]
出版社
アスク
ISBN
9784866392806
発売日
2019/05/30
価格
2,090円(税込)

あっという間に5刷、異例の「英語学習参考書」ヒットのワケ

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 発売前から話題になり、発売とほぼ同時に増刷が決まり、あっというまに第五刷まで刷り重ねているという(7月14日現在)。「英語学習参考書」では異例のヒットではないか。

 なぜこんなに受けているのだろうか? まずは、学校の英語科目が文法や読解法よりコミュニケーション、「話して通じるスキル」に重きを置いて数十年、その皺寄せと反動が起きていること。ご存じでしょうか、学校で英文法をあまり教わらないので、いまの高校・大学生の多くは構文が理解できず、昔より英文が正確に読めなくなっているのです。

 そんななかで、充実した英文法学習を求める人たち、より高度な読解力を望む人たち、学校卒業後も英語力のメンテナンスに励む人たちが、本書を競って手にしている感がある。

 ヘミングウェイを教材に選んだのも、圧倒的勝因ではないか。英語初中級者でもなんとか一気に読める分量で、語彙や構文はわりあい平易だが、実は読み解くほどに、重層的な解釈や味わいが浮かびあがってくる。

 たとえば、英語学習ではもっとも基礎的な単語である接続詞のand。意味を知らない人はいないだろう。ところが、「白い象の群れのような山なみ」という篇からこんな一文が引かれ、それぞれの and をどう訳しますか? と改めて問われると、はっとするのではないか。And we could have all this. And we could have everything and every day we make it more impossible.

 翻訳者の立場から言わせてもらうと、文頭にくる And ほど油断のならない、翻訳に気を使う接続詞はないぐらいなのだ。

 あるいは「雨の中の猫」という篇では、a と the という冠詞の違いに注目して、ヒロインの心象をあぶりだす。ところで、原題は Cat in the Rain だが、なぜ頭に A も The も付いていないのだろうか?

 本書は英文法書ではあるが、六篇の原文が丸ごと収録され、読者は原文にくわえ、河田のつけた和訳および作品解説、倉林による文法解説と「解釈のポイント」を読んでいくことになるので、自然と六つの名篇を英語と日本語で鑑賞することになる。今世紀に入って、そのマッチョイメージと、一部の著名人が評価を下げたことで、若干“ヘミングウェイ離れ”のような流れがあったが、いままた揺り戻しが起きている。このような良質の読み解き本が出たことで、いっそう再評価が進むだろう。

 文法の指南書とは、いかに文学を読むかという手ほどきに他ならない。

新潮社 週刊新潮
2019年8月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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