悪魔にもらった眼鏡 亀山郁夫、野谷(のや)文昭編訳

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悪魔にもらった眼鏡

『悪魔にもらった眼鏡』

著者
亀山 郁夫 [編集、訳]/野谷 文昭 [編集、訳]
出版社
名古屋外国語大学出版会
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784908523199
発売日
2019/05/09
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

悪魔にもらった眼鏡 亀山郁夫、野谷(のや)文昭編訳

[レビュアー] 中村邦生(作家)

◆専門家による多彩な短編小説集

 小説になじみのない読者にも、小説の愛読者にも楽しめる短編小説アンソロジーである。編者あとがきによれば、参加者たちが好みの料理を一品持参するポトラック・パーティーのように、欧米文化・文学の各専攻領域の教員たちが、個人的な関心を尊重して作品を持ち寄ったという。

 主に十九世紀半ばから二十世紀初めに活躍した作家たちの作品で、英語、ロシア語など六言語から翻訳された十二編。リラダン、リルケ、メリメ、ヘンリー・ジェイムズ、チェーホフといった文学史に名を残す作家もいれば、ほとんど知られていないカナダの先住民作家ポーリン・ジョンソンの作品などの貴重な紹介もある。

 卓抜な描写力、コント風の味わい、人間の幻想の内奥への探求など、多彩な作品の集まるこの文学的ポトラックのなかで、もっとも味わい深い逸品をあえて三つ挙げるとすれば、まずロシアのチェーホフの「学生」とフランスのドーデの「星」となろうか。前者は、心に深い憂悶(ゆうもん)をかかえた神学生が、悲しみの底にいる貧しい母娘と、寒々とした荒野でたき火を囲みながら聖書の「ペテロの否認」の話をするうちに、二千年近い時を隔てた感情の結びつきを経験する傑作。後者は、プロヴァンスの山の牧場で一人暮らす羊飼いの若者が、洪水の影響でたまたま帰宅できなくなった雇い主のお嬢様と一夜を過ごす話。血のたぎるような恋慕をいだきながらも、満天の清らかな星々に守られて、大事な人の眠りを朝まで守る至純の愛の物語。私もアンソロジーに収録したことがある短編なのだが、今回の新訳は丁寧に日本語化されている半面、会話の前後の一行空きや、ダッシュとかぎかっこの併用など、過剰な処置に思える。

 もう一作は、日本のスパイの嫌疑で銃殺された旧ソ連の作家ボリス・アンドレーヴィチ・ピリニャークの本邦初訳「ニジニ・ノヴゴロドの丘」。親友の裏切りのからむ、秘密の愛のてんまつが大きな情感の振幅とともに描かれる。

 各作品の詳しい作家・作品案内も有用。

(名古屋外国語大学出版会・2160円)

亀山 ロシア文学者。名古屋外国語大学長。

野谷 名古屋外国語大・東京大名誉教授。

◆もう1冊 

秋草俊一郎ほか編『世界文学アンソロジー』(三省堂)。小説と詩27篇を収録。

中日新聞 東京新聞
2019年8月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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