手塚治虫も漫画で発散していたのかもしれない―――手塚プロダクション資料室の田中創さんに聞いた「1970年の手塚治虫」

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ボンバ! 手塚治虫ダーク・アンソロジー

『ボンバ! 手塚治虫ダーク・アンソロジー』

著者
手塚治虫 [著]
出版社
立東舎
ISBN
9784845634033
発売日
2019/08/24
価格
4,180円(税込)

手塚治虫も漫画で発散していたのかもしれない―――手塚プロダクション資料室の田中創さんに聞いた「1970年の手塚治虫」

[文] 立東舎

数奇な運命をたどった「ガラスの城の記録」


田中創さん(手塚プロダクション資料室)

―――「ガラスの城の記録」では、連載と単行本では登場人物の名前が変わっていますね。連載では「市郎」だったものが単行本では「一郎」になっていて、五人兄弟が全員改名されていました。

田中 あれは、読みやすさを考慮した結果かもしれないですね。初出の『現代コミック』では「市郎」だったものが、『COMコミック』で再掲載された際にはすでに「一郎」になっていました。

―――7回連載したところで『現代コミック』が休刊となり(1970年)、『COMコミック』で再び連載が始まったのが1972年。その際には7回分の連載を6回に再構成していて、そこで改名も行なわれた。そして、さらに4回連載が続いたところで同誌も休刊になったんですね(1973年)。だから「ガラスの城の記録」は未完となっているわけですが、なかなか不遇な作品です。

田中 今回は『現代コミック』の7回+『COMコミック』の後半4回という形で収録しているので、初出時の形に最も近くなっています。でも「ガラスの城の記録」は、最後まで読みたかった作品ですよね。

―――いかにも「これから始まるぞ!」という感じで終わっていますからね。でも、未完のラストにはちょっとアメリカンニューシネマ的な感覚もあって印象的でした。

田中 まだ先は長そうですし、2回も雑誌が休刊したから心が折れてしまったのかもしれません。あとはああいう話だから、続きを描きたくなくなってしまったとか(笑)。破滅することは、ほぼ決まっているわけですからね。また、73年には「ブラック・ジャック」を描き始めますし、翌年には「三つ目がとおる」も始まります。そういう意味では、続きを描くのはなかなかタイミング的に難しかったんだと思います。

―――なるほど。70年から73年の間は、かなり激動の時期だったわけですね。

田中 よく言われていることですが、「ブラック・ジャック」は手塚先生に死に水を取らせるつもりで、『週刊少年チャンピオン』の壁村(耐三)編集長が5回で連載をスタートさせた作品です。それが大方の予想に反して大人気になったわけですけれど、それまでは手塚的には低迷期と言われる時期ですから……。まさに激動の数年間です。

―――面白いのは、本書に「ボンバ!」の予告編が掲載されているのですが、これが実に4種類もあるんですね。いずれも掲載号は同じなので、雑誌側からの期待が高かったのかなと思っていたのですが。

田中 確かに同じ雑誌に予告が4種類も載るのはあまり無いことだとは思いますが、「ボンバ!」に関してもそんなに期待はされていなかったんじゃないかなという気がします。じゃあ、なんで予告が4種類も同じ号に掲載されていたのかは謎ですよね。しかも、1号前の予告なのに、実際の内容とは全然違うわけですから。

―――「超能力をもつ荒馬と、一青年のスリルと感動にみちた迫真のドラマ!」なんて書いてあるんですよね。

田中 1号前の予告ですから、それだけギリギリの進行だったということが窺えますね。

―――では最後に、立東舎の復刻シリーズの今後の予定を教えていただけますでしょうか?

田中 9月には『ブルンガ1世 オリジナル版』の刊行を予定していて、いま鋭意編集作業中です。いわゆる手塚調で丸い絵柄なんですけど、やはり暗いですね(笑)。冒頭に「ファウスト」の引用があったりして、やはり手塚的なテーマが濃厚な作品だと言えるかと思います。怪獣のブルンガ1世、ブルンゴが悪魔から人間界にもたらされて、善と悪の戦いが……という話なのですが、小さいときはかわいいブルンガが、大きくなったらとても怖いのがトラウマでした(笑)。しかし「変身」も手塚治虫の十八番ですから、そういう意味でも面白い作品だと言えますね。カラーの扉絵もきちんと連載時のものを再現していますし、2色ページやカラーページもオリジナルに忠実な形です。立東舎の復刻シリーズの綺麗な印刷クオリティと造本で、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。

(2019年8月13日手塚プロダクションにて)

立東舎
2019年9月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

立東舎

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