【聞きたい。】田中里尚さん 『リクルートスーツの社会史』
[文] 黒沢綾子
■あの装いは結局何なのか
オフィス街の一角から同じような服装に、よく似たバッグを持つ若者がわらわら出てくると、就職活動(就活)のシーズンなんだなと気付く。自らの体験を振り返り、あの装いは結局何だったのかと不思議に思う人も多いだろう。
「リクルートスーツ」がいかに生まれ、どう変遷してきたのか。本書は就活の変化、社会通念や価値観の移り変わり、流行や景気のアップダウンなどさまざまな分析を加えつつ、男女の就活ファッションを通時的にまとめた力作だ。
「画一的で不変に感じられるリクルートスーツも、長い目で見るとモードの変化があります」。そもそも男性の就活服は昭和40、50年代に、学生服からスーツへと徐々に移行したものだ。その後、人気色も紺からグレー、黒へと変わり、シルエットも変化している。
「難しかったのは、女性の就活にまつわる服装や経験について、男性の自分が書くということ。でも調べるうちに、男以上に女性の服装がドラスチックで不思議な変化を遂げてきたことがわかり、驚きましたね」。社会や職場が求めるであろう、はつらつと働くイメージと「女性らしさ」の間で揺れ動きながら、女性の就活服は移り変わってきた。かつてタブー視されたパンツスタイルも、今では一般的になっている。
平凡で個性がないと揶揄(やゆ)されがちなリクルートスーツだが、皆が一斉に着ることになる一括採用のシステムなどが、その印象を際立たせているのかもしれない。本来「リクルートスーツとはベーシック」であり、男が最初に買うスーツとしてふさわしいもの。つぶさに見れば、小さな差異の中に個性や自己主張も見え隠れする。「皆、決して同じであろうと思っていないのに、なぜ同じになってしまうのか。リクルートスーツの矛盾は、人間の本質的なものを表しているのかもしれません」(青土社・3600円+税)
黒沢綾子
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【プロフィル】
たなか・のりなお 昭和49年、埼玉県出身。文化学園大学服装学部准教授。暮しの手帖社などで編集に携わりながら立教大学文学研究科で博士(比較文明学)号取得。共著に『現代文化への社会学』など。