【『図書室』(岸政彦著)刊行&『劇場』(又吉直樹著)文庫化記念対談 後篇】会話から生まれる想像力

対談・鼎談

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図書室

『図書室』

著者
岸 政彦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103507222
発売日
2019/06/27
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

劇場

『劇場』

著者
又吉 直樹 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101006512
発売日
2019/08/28
価格
605円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【『図書室』(岸政彦著)刊行&『劇場』(又吉直樹著)文庫化記念対談後篇】会話から生まれる想像力

[文] 新潮社

同じ幻想を共有できる気持ちよさ

又吉 「図書室」では、少年と少女の会話を、自分の人生とも照らし合わせて、補足しながら読めました。女の子の発言に対して男の子がすぐに突っ込んだら、女の子が「なんで一回乗らへんねん」って言うんですが、それが後の展開の入り口になってますよね。二人で乗って、同じ世界を共有する。日常からその世界に入るところに不自然さがないですね。

岸 「図書室」では会話のシーンを評価してもらうことが多いんですが、プロットも何も考えずに、一気に書きました。モデルは何人かいて、そのうちの一人は同い年のいとこの女の子で、十歳くらいまでずっと一緒にいて、もう一人の自分みたいな存在で。その子との会話を思い出しながら書きました。脳と脳が直接つながっているような状態を書きたかったんです。

又吉 子どものころにサッカーをやってると、自分の好きな選手になりたがる。たとえばマラドーナになるとか。それは役を演じているんじゃなくて、当時の世界的なスター同士で本当に対戦している。そんな同じ幻想を共有できる気持ちよさを、読んでいて感じました。

岸 子ども同士の会話の、どこに進んでいるかわからない感覚と、淀川の河川敷にある小屋に入ったときの、この先どこにたどり着くのかわからない感覚をシンクロさせようと思いました。

又吉 架空の話をしているのに、本当に悲しくなって、もとに戻れるはずなのに二人のルールでは戻れなくて、泣いちゃうじゃないですか。あれ、むちゃくちゃかわいいですね。

岸 小学校のころに親友と一緒に、お話を作っていたことを最近思い出したんです。お互い交代で、内容がやはり世界が滅亡した後の話で。今日は俺の番なとか言って、続きを考える。

又吉 僕も作ってました。

岸 どんな話ですか。

又吉 神社がつぶれるのを止めるという(笑)。難波君という友達と一緒に考えるんです、その神社の土地が悪い奴に買い占められようとしていて……。

岸 めちゃくちゃ現実的やな(笑)。でもそういう会話の相手って、どこかで別れますね。そのいとこの子とも、次第に会わなくなって、もう三十年くらい会ってない。あと犬や猫が好きで、本当に分かり合えるのは犬や猫だけやなって思うんですが、彼らは途中で死ぬでしょう。だから、はかなさ、切なさが残ります。僕の小説って寂しいってばっかり言ってるんですけど。

又吉 そのはかなさが描かれるからこそ、世界の終わりに対する二人の準備や想像が際立ちますよね。

岸 世界が滅びることが怖いんじゃなくて、二人がいずれ別れなきゃいけないことが寂しい。それは書いてみて思いました。

又吉 その会話の中で、二人が互いを拒絶しませんよね。普通ならもう少し立ち止まって議論するじゃないですか。当たり前のように話を進めているのがいいです。

岸 「図書室」では、切実なものを描きたいと思って、あの会話は、会議なんです。ただ冗談を言い合っているんじゃなく、問題を解決しようと真剣に討議して、そういうときに会話って噛み合うでしょ。共通の課題があるほうが盛り上がる。そして同時に、批評的かつ再帰的な眼差しを持たない。「滅びるわけないやん」とは誰も言わない。だからロマンチックで、ありえない設定ですけど、楽しく書きました。

又吉 大人になっても、なにかきっかけがあれば、あのモードに入れるんじゃないかって思います。二十代のころ、仕事がなくて後輩とずっと喫茶店に座ってて、外を通る人を窓から見ながら、ふと「今から通る奴の魂吸うわ」って言ったんです。ストローで吸うような音出して。後輩は「なにやってんすか」って言ってたのが、「お前もやってみ」ってやり続けてたら、そいつもやりはじめた(笑)。最初は嘘だったのが次第にはまって、二人の間では本当になってきて、しまいには気抜いてるときに後輩に向かってシュゥッてやったら、「やめろよ!」って本気でキレられた(笑)。

岸 僕も、二十歳くらいのころ「あなたは私とやりたくなる銃」というのをやってました。大阪の大学に入って、ミナミで毎晩飲んでいたんですが、夜中に酔っぱらって、街を歩いてる女の子をビニール傘で撃つマネをするんです。撃たれた子は自分とやりたくなるという設定で。

又吉 むちゃくちゃアホですね(笑)。

岸 でも効果はなくて、毎回「効果なし!」と言う(笑)。それを連発した奴がいて、めっちゃ撃ちまくってる。「それずるいやん。一人一発やろ」となる。

又吉 もともとなかったルールなのに。

岸 機関銃というカテゴリーが新しく生まれて、緊急会議が開かれたりしました。「週末はいいことにしよう」。ちなみに、吸われた相手はどうなるんですか。

又吉 ちょっとだけ魂が減ってしまう(笑)。

岸 もらうとちょっとだけ寿命が延びる(笑)。似たようなことやってますね。

又吉 『図書室』に併録されている「給水塔」というエッセイも面白かったです。あそこで書かれていた友達と飲んでいたんですか。

岸 そうですね。今でも飲んでます。

又吉 あれも面白かったです。エッセイとなっていますが、小説みたいに読めました。

岸 実は、「給水塔」は五年くらい前に書いたんです。まだぜんぜん無名だったんですが、あるところから大阪についてのエッセイを頼まれて、それで書いていたら、「あ、これ小説も書けるんちゃう」と思った。だから、実際に小説を書くきっかけになりました。

又吉 「図書室」でも「給水塔」でも、完全な時間のようなものが急に出てくるのがすごくよかったです。一つずつ積んでいくんじゃなくて、突然出てくる。

岸 無意味にフィジカルに肯定される瞬間が好きで、僕が沖縄にはまったのは、それを沖縄の海で得たんですね。自分の身体を取り戻していくような。『図書室』の書評で何人かの方が触れてくださったのが、言語以前のことが書かれているということで、それは僕が犬や猫を好きだということからも来るのでしょうが、言語以前の実在のレベルで肯定されることが、僕の人生では大事なんです。だから、生活史という、人の人生を言葉で残していくことを仕事にしていますが、言葉以前の世界に対するあこがれがある。ですから、そこを読んでくださったのはすごくうれしいです。

又吉 僕も、言葉はめっちゃ好きですけど、どれだけ言葉を尽くすより、恥ずかしくなるくらいシンプルな「大好き!」のほうが圧倒的に強いことってありますよね(笑)。

岸 永田が沙希のコメントにいちいちこだわりますね。「アホのサンプルみたいな発言やで」とか。ああいうとここだわっちゃうの、僕もやりがちなんですが、でもそうじゃなくて、存在を肯定されるのって大切ですよ。自分のどこが好きって答えが「優しい」だと、相手に優しくしなきゃいけないじゃないですか。でも「顔が好き」ってそれだけ肯定度が深い。それもまたベタな話ですが。ちなみに、又吉さんって僕めっちゃタイプなんですよ。

又吉 えっ。

岸 又吉さんとは六月末に沖縄のテレビ番組で初めてご一緒させていただいたのですが、あの後、連れあいに「ええ男やったわあ」とずっと言ってました。こんなにセクシーな人はいない。

又吉 ありがとうございます(笑)。

岸 小さな声でぼそぼそっと面白いことを言う人に弱いんですよ。僕が量でねじふせるタイプだから。今は又吉さんとiPS細胞の山中先生が二大タイプです(笑)。

(9月5日、於・神楽坂la kagu)

写真:新潮社写真部

新潮社 波
2019年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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