凧(たこ) ロマン・ガリ著

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凧

『凧』

著者
ロマン・ガリ [著]/永田 千奈 [訳]
出版社
共和国
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784907986612
発売日
2020/02/12
価格
2,970円(税込)

書籍情報:openBD

凧(たこ) ロマン・ガリ著

[レビュアー] 山本賢藏(作家)

◆人間の尊厳守った人たち

 驚異的な記憶力を持つ夢想家の少年リュド。歴史に名を残したい自分に夢みる少女リラ。二人の恋物語を主軸に据え、フランスとポーランドを舞台に、第二次大戦中の人間模様を描いた長編小説だ。

 脇役が光っている。「何かに真底熱中する」不屈の人たちだ。自分の料理こそフランスだと自負する三つ星シェフ。本当に美味(おい)しい「ノルマンディー風ウサギのファルシ」の作り方を、ナチ将軍に手厳しく教える場面は圧巻。

 リュドを育てたアンブロワーズ伯父は町の郵便配達夫。凧にすべてを捧(ささ)げた、優しい「凧狂い」。リュドの記憶力は伯父譲りだ。一族はフランス革命以来、民衆がどんな目にあったかを代々記憶しているという。伯父にとって、凧は歴史に消えた人々の記憶の証(あかし)だ。

 フランスでユダヤ人の大量検挙があった。「自らの保身のため」にナチに協力する人々の下劣さを、リュドは思い知る。「ナチの非情さこそ人間の本質の一部だと認めない限り、陰惨な嘘(うそ)のなかで生きることになる」のだと。この時、伯父はユダヤ教のシンボル、ダビデの星の形をした凧を七つ大空に舞わせ、逮捕される。釈放後、伯父は凧と道具を手にシャンボンに行く。村ぐるみでユダヤ人を匿(かくま)った実在の村だ。伯父は自分を投げ出し、子どもたちに凧と希望を与えた。伯父はアウシュビッツ収容所に送られる。

 究極の状況下で人間の尊厳を守ったこの村人の名を、リュドは戦後、一人残らず暗誦(あんしょう)する。小説の最後で、リュドは改めてこの村を追悼し「これ以上にうまくは言えそうにない」と締めくくる。

 作者ロマン・ガリは、十代でポーランドからフランスに渡ったユダヤ系移民。第二次大戦中、レジスタンスの英雄として活躍、戦後は外交官となる。一切のレッテルを嫌い、常に別の自分を演じるような生涯の末、拳銃自殺する。本作は彼の遺作だ。

 紺碧(こんぺき)を求める凧は、生涯ガリが追い続けた自由と、人間の尊厳の象徴でもあろう。

 息苦しいこの時期、『凧』が私に息吹をくれた。

(永田千奈訳、共和国・2970円)

1914~80年。フランスの小説家、映画監督、外交官。著書『自由の大地』など。

◆もう1冊 

ロマン・ガリ著『夜明けの約束』(共和国)。岩津航訳。自伝小説。

中日新聞 東京新聞
2020年4月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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