行き過ぎたグローバル化に警鐘。日本の食の安心安全を守ってきた法律はなぜ改正されてしまうのか? 『売り渡される食の安全』山田正彦さん緊急インタビュー

インタビュー

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売り渡される食の安全

『売り渡される食の安全』

著者
山田 正彦 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784040822983
発売日
2019/08/10
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

行き過ぎたグローバル化に警鐘。日本の食の安心安全を守ってきた法律はなぜ改正されてしまうのか? 『売り渡される食の安全』山田正彦さん緊急インタビュー

[文] カドブン

新型コロナウイルスの感染拡大が止まらず、ニュースもそれ一色になっていますが、このさなかに、私たちの日々の食にまつわる種苗法という法律が改正されようとしています。
角川新書『売り渡される食の安全』の著者、山田正彦さんにお話をうかがいました。

■種を採って使うと捕まる

――新型コロナウイルスについて国会も多く時間を割いているようですが、その最中に3つの重要な法案が可決されようとしています。検事の定年延長、年金の受給年齢の引き上げ、そして種苗法の改正です。

山田:新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかからない中で、どれも不要不急な法案だと思います。十分な審議もされないままに成立してしまうことを憂慮しています。

なかでも種苗法の改正については、農家の人に関係していると思われているからか、ほとんどニュースになりません。実は私たちが毎日食べているお米や野菜、果物など、国内で採れる生産物の安心安全、そして安価な提供に対して、非常にかかわりのある法律です。

――種子法というのもありましたよね。種子法とか種苗法とか、名前も似ていてややこしいです。

山田:名前は似ていますが、中身はまったく違います。種子法については以前のインタビューでお話ししました。こちらはすでに廃止されてしまいました。今、問題なのは種苗法の方です。

――その種苗法の改正案が3月3日に閣議決定され、国会へ提出されました。どんな法律で、どのように改正されるのか教えてください。

山田:種苗法というのは、農産物や園芸植物を新たに開発した人、および企業の知的財産権を保護する法律です。たとえば品種改良を重ね、新しい品種の開発に成功したとき、農林水産省に品種登録されると、25年間にわたって無断で販売や譲渡、あるいは増殖することができなくなります。

ですが、同時に例外も設けられています。簡単にいえば、たとえ登録された品種でも、その種を購入および栽培した農家は、自分のところで採種を続けるのも、翌年に種子としてまいて利用するのも法律違反とはなりません(種苗法第21条)。この例外からは、種を購入するときは開発者の知的財産を守り、育てた後は農家の独立性を重んじていることが読み取れます。

この法律が改正されようとしています。最大のポイントは、容認されてきた自分のところで採種すること(これを自家採種といいます)を原則禁止とすることです。従来とは方針を180度転換させることになります。

行き過ぎたグローバル化に警鐘。日本の食の安心安全を守ってきた法律はなぜ改正...
行き過ぎたグローバル化に警鐘。日本の食の安心安全を守ってきた法律はなぜ改正…

――つまり、採れた種を使ってはいけない、ということになるのですか。

山田:そうです。違反すれば非常に重い罰則まで用意されています。10年以下の懲役、1000万円以下の罰金が併科されることもあります。併科というのは両方が科されるということです。農業生産法人などが違反した場合の罰金は3億円以下にはね上がります。また、すでに施行されている共謀罪の対象にもなりかねません。

――法律には詳しくありませんが、罰則として重すぎませんか。

山田:大変重いと思います。アメリカなど多国籍アグロバイオ企業からの要望ではないか、と私は考えています。

この法律がだれを守るかといえば、開発者です。開発者とはどういった人でしょうか。種子の開発には非常に長い時間がかかりますから、巨大な資本が必要です。一部の巨大企業が利益を独占できるようになってしまうのです。

■種苗法を改正してもシャインマスカットの海外流出は止められない

――種苗法が改正されると、農家は自分のところで採れた種を使えなくなりますから、毎年を買わなくてはならないのですね。

山田:はい。農家はすべての種や苗を新たに購入し続けるか、もしくは育成者権者に対価を払って自家採種の許諾を得なくてはなりません。

許諾を得ていなかったらどうなるでしょうか。カナダでは、無断で種子を使った、とある農家さんが種子企業から訴えられ、20万ドルの賠償金を請求されました。農家の方は、風で舞ってきた種子が交雑したのだと訴えたのですが、証明することは容易ではありません。最高裁まで争って敗訴してしまいました。ただ裁判所は賠償金の支払いについては退けました。

種苗法が改正されれば、日本でもこのような不可避な理由で農家さんが訴えられ、何億円もの賠償金を請求されるかもしれません。現在、日本では毎年800種類もの品種が新たに登録されています。後継者不足で悩む日本の農業はどうなるのでしょうか。

――政府は種苗法を改正することで、シャインマスカットなどの優良品種が海外に流出するのを規制できる、と言っています。

山田:これははっきり虚偽の説明といってよいでしょう。 種苗法を改正することで海外への流出が規制できるかといえばまったくそんなことはありません。種苗法は国内法ですから、海外での取り締まりはできないからです。しかも現行の種苗法で、登録した品種を自家採種した人が第三者に譲渡することは禁じられています(第21条)。改正の意図は別のところにあるのです。

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――とはいえ、シャインマスカットは中国や韓国でも栽培され、輸出拡大の妨げになっています。流出を防ぐ手立てはありますか。

山田:農水省が育種種子の流出が国益を損なうと考えるならば、中国や韓国で先に意匠登録または育種登録すべきでしょう。2019年には種牛の受精卵を中国に持ち出そうとしたグループが逮捕されました。このように現行法を適用して、しっかり取り締まっていくことです。

■種苗法改正には与党の中でも異論がある

――話は変わりますが、スピリチュアリストとして人気の江原啓之さんのラジオ番組に山田さんが登場し、YouTubeでも対談がアップされていて驚きました(https:youtube.com/watch?v=Sq9kGBiG97k)。以前からつながりがあったのですか。

山田:昨年の12月、私の事務所に読者の方から一通のはがきが届きました。江原さんがラジオで私の書籍のことを話していて、それで本に興味を持って読んだ、と書かれていました。それまで江原さんとは接点がなかったので驚いたのですが、その後、4月12日にはラジオ番組にお招きいただき、直接お会いしてお話ししました。江原さんのような影響力のある方に紹介していただけるのはとてもうれしいことです。

江原さんもリスナーの方も、種子法はもちろん、種苗法の改正についてもかなり危機感をお持ちでした。

――山田さんは昨年8月に刊行された書籍の中でも、種苗法の改正を危惧していました。閣議決定され、法案はいつ可決されてもおかしくない状況です。

山田:確かに閣議決定されましたが、とはいえ種苗法の改正へ向けた動向をチェックし続けてきた私の目にはちょっと遅かったかな、というふうに映っています。自民党内にも少なからず異論があったようですね。

しかも、本来ならばすぐに国会審議に入るところですが、担当部署である農林水産省の生産局知的財産課の職員に聞くと「審議は後ろの方に(後半に)なりました」という答えが返ってきました。あくまでも私の推測ですが、種苗法の改正案をできるだけ通したくない、という気持ちが農林水産省のなかにもあるのではないでしょうか。

ただ、種子法のときと同じように自民・公明の数の力で会期末までに可決されてしまえば、改正案の一部は早ければ年内の12月から施行されると原案には記されています。

――そもそも農家に対して、種子はだれが提供しているのですか。

山田:米、麦、大豆の主食に関しては、日本ではこれまで、各自治体の農業試験場が開発や管理を行い、種子を販売していました。種子の開発には莫大なお金と時間がかかりますが、その予算を保証していたのが「種子法」という法律でした。

種子法は、食糧難が深刻化していた終戦直後の1952年に、当時の政府の「二度と国民を飢えさせない」という覚悟と決意のもとで制定された法律です。その目的は、米、麦、大豆といった主要作物の優良な種子を国の責任のもと安定的に生産し、普及させることです。

私たちが毎日、おいしいお米を安価で食べられるのもこの法律が農業試験場や農家を守っていたからでした。しかしこの法律は、2018年に廃止されました。さらにその前年から施行されていた農業競争力強化支援法において、農業試験場などに長く蓄積されてきた種子の育種知見を、民間企業へ提供することが推奨されています。

――文字通り、農業の競争力を強化するため、ということなのでしょうか。

山田:競争力を高めることで生き残るのはどういった人たちでしょうか。個々の農家は育種知見を得られても、そこにかける労力はありません。必然的に巨大企業になってしまいます。そのなかには外資系企業も含まれています。

日本ではあまり知られていませんが、世界中に流通している種子の実に70%がモンサント、ダウ・デュポン、シンジェンタといった多国籍アグロバイオ企業に支配されています。

これらの会社はもともとは化学肥料や農薬のメーカーでしたが、次々と種子会社を買収。その後、種子、化学肥料、農薬の3つをセットで販売するビジネスモデルを確立して急成長を遂げました。モンサントは2018年6月にドイツのバイエルに買収されましたが、世界を牛耳っている構図は変わりません。

――3社ともあまり聞いたことのない会社です。

山田:世界では非常に有名です。この三位一体のビジネスモデルを確立させるための法整備は「モンサント法案」と呼ばれ、2010年代に入って次々とラテンアメリカ諸国の議会に上程されました。しかし、農民たちの激しい反対運動にあい、コロンビアとグアテマラを除いて廃案に追い込まれています。次に矛先を向けられたのが、米、麦、大豆の種子をほぼ国産で受け継いできた日本でした。

種子法の廃止と農業競争力強化支援法の施行、そして種苗法の改正がセットになれば、農家は多国籍アグロバイオ企業から種子を買わざるを得ません。多国籍アグロバイオ企業にとっては、むしろ種苗法の改正こそが本丸だったのではないか、と私は考えています。自分たちの種子を販売するために、まずは邪魔になる公共の種子を廃止にして、農業試験場などから育種知見を購入し、総仕上げとして自家採種を原則禁止にする、というわけです。

■種子購入だけで数百万円ものコストが発生

――私たちはこれまで、種子法と種苗法のおかげで主食を安価で食べられていたのですね。種子法はすでに廃止され、種苗法まで改正されると、今後はどうなりますか。

山田:民間企業は企業の考え一つで価格を上げられます。また、多品種のお米があるのも公的な予算があったからです。民間企業ですから品種は絞られるでしょう。

――私たちの祖先が受け継いできた英知を外国に売り渡してしまうようにも感じます。閣議決定されるまでに、反対する声は上がらなかったのでしょうか。

山田:農林水産省は2019年3月から「優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会」を、閣議決定に至るまでに6回にわたって開催してきました。

第5回検討会では、茨城県の150ヘクタールの圃場をもつ横田農場の横田修一社長が、自家採種が原則禁止されれば経営が立ち行かなくなるという、全国の農家に共通する危機感を訴えています。横田農場では8品種の米約6700キロを自家採種していますが、これらの種子をすべて購入すれば、最大で490万円のコストがかかると訴えました。

農林水産省側は「育成権利者の許諾を得ればそのまま種子を使える」という説明を、ひたすら繰り返しています。育成者権が農業試験場などにあれば許諾交渉は成立するでしょうが、多国籍アグロバイオ企業に移っていれば利益を得るために無償で許諾とはならないでしょう。

――種子購入にそれだけお金がかかるとなれば、当然私たちが日々食べている食材にも上乗せされてしまいます。法改正が秒読みとなってしまっている今、種苗法の改正を阻止する手段はあるのでしょうか。

山田:まずは例外を設けられないか、と主張していくことでしょうか。農林水産省は一貫して「ヨーロッパやアメリカでも自家採種が原則禁止されています」と説明していますが、EUは穀類や芋類など、21種類の作物で自家採種ができる例外規定が設けられています。アメリカでも穀類は例外に指定されています。このように、それぞれの国の主食は自家採種が認められていいはずです。にもかかわらず、日本は一律禁止とするのはおかしいじゃないか、日本でも主食となる米などは例外にできるんじゃないか、と粘り強く訴えていくことです。

――国内外の大企業を優遇する現政権に伝わりますでしょうか。

山田:簡単ではないことはわかっていますが、私はあきらめていませんよ。より多くの方に知ってもらうため、実は今、農業者の視点から種苗法改正の問題点を訴えるドキュメンタリー映画を作っているんです。『お百姓さんになりたい』や『武蔵野』など、農業をテーマにした作品が好評の原村政樹監督のもと、日本の各地を訪ねる取材もほぼ終えたところです。映画だけでなく、30分ほどに編集した映像をDVDとして販売するといった具合に、さまざまな形で世の中へ発信し、少しでも関心を持つ人が増えていけばと思っています。

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行き過ぎたグローバル化に警鐘。日本の食の安心安全を守ってきた法律はなぜ改正…

■地方からのうねり――自治体が独自の条例を制定

――種子法の廃止に対しては、各自治体が制定する条例で対抗していると『売り渡される食の安全』のなかでも記されています。

山田:今年4月の時点で18の道県でいわゆる種子条例が施行されていて、さらに6県でパブリックコメントの募集を含めて、議会のなかで制定に向けた動きがあります。

――同じ構図を、種苗法改正に反対する種苗条例で具現化させていけばいいですね。

山田:条例ではないものの、うれしいことに札幌市や東京都清瀬市、徳島県上勝町、滋賀県愛荘町などで、種苗法改正にあたって慎重な審議を求める意見書を衆参両院に提出する決議が採択されています。

私の経験でいえば、これだけの意見書が各地方議会で、しかも札幌市においては自民党議員を含めた全会一致で採択されているのだから、自民党も慎重に受け止めざるをえないと思っています。

――国会の後半に審議されるとみられる種苗法の改正。新型コロナウイルスの状況が見えない中では、どうなるかわかりませんね。

山田:終息の兆しすら見せない新型コロナウイルスの感染拡大は、グローバリゼーションを見つめ直す機会でもあると思います。現在、日本の食料自給率は37%ですが、流通が滞れば極めて深刻な事態に直面するかもしれません。

さらに、種苗法が改正されて金銭的な負担が増大し、経営を断念する農家が続出すれば、輸入農産物への依存度がますます高まり、その分だけ自給率は下がります。食料安全保障の観点からも、種苗法の改正は極めて重要な意味を帯びてきます。

まずはこの問題を知っていただき、お米の値段が高騰してしまうかもしれない、遺伝子組み換え食品を食べざるをえないかもしれない、など身近な問題として考えてみていただけたらと思います。

▼山田正彦『売り渡される食の安全』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321812000845/

KADOKAWA カドブン
2020年4月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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