『黄禍論 百年の系譜』
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【聞きたい。】廣部泉さん『黄禍論 百年の系譜』米国社会根底に流れる思考
[文] 桑原聡(産経新聞社 文化部編集委員)
20世紀の歴史を突き動かしたのは、西欧が東アジアに抱く恐怖心ではなかったか。日露戦争以降、列強の一角を占めるようになった日本が膨大な人口を抱える中国と手を結び西欧に報復するという…。廣部さんは本書において、西欧、特に米国に根をおろした「黄禍論」の系譜を、公文書や新聞・雑誌記事、さらには日記や手紙にまで目を配りながら明らかにしてゆく。例をあげよう。
オランダの植民地ジャワ島に日本軍が迫るなか、オランダ亡命政府のペーター・ヘルブランディ首相はこんな言葉で米英の協力を求めている。《白人に対して日本人が傷つけ辱めを与えたことが(中略)短期間のうちに罰せられなければ、白人の威信を不可逆的に傷つけられることになるだろう》。彼らにとって真の問題は「正義」ではなく「白人の威信」だったのだ。
原爆投下直後、米国のトルーマン大統領は全米キリスト教会評議会事務局長宛ての手紙にこう記した。
《けだものを扱うときには、けだものとして扱わねばならない。とても残念だがそれが真実なのだ》
先の大戦で日本を叩(たた)き潰したアメリカだが、それでも「黄禍論」から解放されることはなかった。
「日米貿易摩擦が激化したときには簡単に黄禍論的言説がよみがえりました。また、民主党政権の誕生直前、鳩山由紀夫さんが発表した『東アジア共同体』論に対する米国政府の猛烈な反発を覚えているでしょうか。日本と中国の連携を米国は本能的に警戒するのです」と廣部さん。
近年の米国では、理想が引っ込み本音が堂々と表にまかり出るようになった。それは白人至上主義の台頭であり、その潮流がトランプ大統領を生んだ。
「米国社会の根底に脈々と黄禍論的思考が流れていることを、米国に自国の安全を委ねるわが国は、どの国よりもしっかりと認識する必要があると思います」(講談社選書メチエ・1650円+税)
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【プロフィル】廣部泉
ひろべ・いずみ 昭和40年生まれ。明治大教授。東京大教養学部卒。ハーバード大大学院博士課程修了。著書に『グルー 真の日本の友』『人種戦争という寓話(ぐうわ)』など。