『マナーはいらない 小説の書きかた講座』
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マナーはいらない 小説の書きかた講座 三浦しをん著
[レビュアー] 重里徹也(聖徳大特任教授・文芸評論家)
◆技法も価値観も惜しみなく
ここ数年、女子大生や女子高生から「小説を書きたい」という声をよく聞く。この本がよく売れているのは、物語を生み出したい人がいかに多いかの表れだろう。
人気作家が自分の手の内を見せながら、どのようにしたら小説を完成できるかを懇切に解説した一冊だ。心の中のモヤモヤを物語にして他者に届ける方法を説いた本だ。
三浦は徹頭徹尾、現実的で具体的なアドバイスを心がけている。それがいい。短編の構成をどのように考えればいいか。一人称と三人称の違いは何か。ネットのせいか、最近よく見かける「一行アキ」はもう少し控えめにした方がいいのではないか。比喩について、時制について、会話をどう記述するかについて。タイトルのつけ方、取材はどうすればいいか。次から次にとっておきのコツや方法が披露される。
手書きの構想メモを公開し、自作のタイトルの付け方の分析も試みている。映画や音楽の話も満載で、語りかけるような文章と相まって、ついつい三浦ワールドに引き込まれてしまう。
全体を通して一貫しているものがある。それは自己相対化の大切さと、その一方で自分の喜怒哀楽こそ小説を書く原動力なのだという価値観だ。自分が感じたことはとても大切だけれど、それに対して他人のような目で見ないと人に伝わらない。難しいことだと思うが、個性を生かす心構えがうかがえる。
「センスは後天的なもの」という教えが印象的だった。生まれた時から服装のセンスのいい人なんていない。みんな裸で生まれてくるのだ。それと同じで、小説を書くセンスも、試行錯誤して、努力と研究と読者への心配りによって磨くものだというのだ。
小説の書き方をつづった本だが、それは読み方にも通じる。そして連想を進めれば、より深い楽しみとともに生きるにはどうすればいいのかも解説されていた。小説を書きたい若者が多いとしたら、より深い生の充実感を味わいたい人が多いということなのだろうと考えていた。
(集英社・1760円)
1976年生まれ。『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、『舟を編む』で本屋大賞。
◆もう1冊
三浦しをん著『あの家に暮らす四人の女』(中公文庫)。小説巧者ぶりがわかる。