時代小説の中から立ち現れている本格ミステリー。あさのあつこさんの新作『えにし屋春秋』の創作秘話

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えにし屋春秋

『えにし屋春秋』

著者
あさのあつこ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413626
発売日
2020/09/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あさのあつこの世界

[文] 角川春樹事務所


あさのあつこ

児童文学、一般文芸、時代小説と多様なジャンルで活躍を続ける、あさのあつこさんの新刊『えにし屋春秋』は、縁を結ぶ・切ることを商いとするひとびとを描いた、心ふるえる時代ミステリーです。

縁という形のないものを扱う謎めいた主人公たちを鮮やかに描き切ったあさのさんに、その創作秘話を伺いました。

 ***

幅広いジャンルの中から、『えにし屋春秋』が生まれてきたきっかけとは?

――あさのさんは幅広いジャンルで書かれてらっしゃいますが、意識して書き分けをされていますか?

あさのあつこ(以下、あさの) 意識はしていなくて、書くべき人によって舞台が定まってくるという感じです。実は『えにし屋春秋』の話も、人と人との縁を結ぶだけでなく、切るとか絶つとかも含めて人との濃厚な縁というのを考えました。その時に、現代を舞台にして書くと自分の力量では書き切れないなという気がして。舞台を江戸に持ってくることで、人と人にどのような結びつきができるか、あるいは断ち切ることができるか、ということをより鮮明に書けると思ったのです。

――時代小説では、刺激を受けた作家さんや好きな作家さんはいますか?

あさの 藤沢周平さんの短編が好きでしたね。作中に登場する若いお侍さんとか、若い少年の生き方というのが素敵で、衝撃を受けました。それから藤沢さんの短編集をたくさん読みましたね。後は、乙川優三郎さんの時代小説も好きですね、品があって。あんな女性になりたいと思うこともありましたが、諦めました(笑)。 中学高校の頃は海外ミステリーが好きで、古典と呼ばれている『モルグ街の殺人』から『シャーロック・ホームズ』シリーズに始まり、エラリー・クイーンやアガサ・クリスティを夢中で読みました。物語の面白さというのは、海外ミステリーから教わったような気がします。物語を書きたい、というのはそこから始まったのかもしれません。

「えにし屋」のはじまり

――『えにし屋春秋』ご執筆のきっかけをお聞かせください。

あさの 編集の方から「江戸時代の結婚事情が興味深いです」とお話をいただいて。その時はまだ漠然とした形だったんですけど、武士と町人の結婚式の違いや仲人の成り立ちなどについて、資料を読んだり自分で考えたりして、「人の濃密な縁」を書きたいなと思った時に「縁を取り持つ」、それを生業とする女性の姿が浮かんできたんです。でも、いよいよ一話を書き始めようとした時に、少し違和感があって。自分が書きたい人間、初という名前は最初から決めていたんですけど、なかなかうまく出てこなくて。悩んだ末に「そうか、彼女ではなく彼なんだ」というのが分かったんです。そうしたら話が進み出したんですね。

――その主人公の初というキャラクターが、秘密めいた人物として登場します。まず男なのか女なのか、という部分と、実は見た目ほど飄々としていない、人間らしい部分がありますよね。

あさの 初がどんな生い立ちで性格で、どういう雰囲気を醸し出しているかは、書きながら次第に浮かんできました。なので、一話目では初という人間にまだ踏み込んではいないんです。二話目でやっと踏み込めたという。書き進めながら、少しずつ手探りをしていったというのはあると思います。

――その中で、初の人物像として、特にここは拘ったという部分などはありますか?

あさの やはり、男でもなく女でもないところ。だから美しい、とは書いてないんですけど、男には出せない、あるいは女には出せない魅力みたいなものを彼の存在の中に書きたいなというのがありました。もう一つ、初を未熟な人間として書こうというのがあって。若いというのもあるんですが、何もかもできる完璧な人間で、彼が物語をリードしていくというのではなく、過ちとか迷いとか、そういう事も含めて色々つまずきながら進んでいく人間であるように書こうと思っていました。

――だからこそ、初と組む「えにし屋」の主・才蔵の存在もすごく生きてきますね。二人の関係があって、「えにし屋」が成り立つという。

あさの そうです。彼をえにし屋の主人にしようと思ったのは、一話の途中からですが、初が未熟であるということは、彼をサポートする相手が必要だというのがあって。それも完璧なサポートではなく、ある時は寄りかかりながら、支え合いながらやっていく関係です。でも人と人の関係には枠に嵌められないところがありますよね。親友だと思っていたけれど、恋人だったとか。親子でありながらライバルだったとか、そうした見えない関係を探っていくのが私の物語の進め方なんです。

物語の中に現れてくる2つの象徴的な女性像はどのように生まれたか

――今回収録された二つのお話には、一話では自立する女性、二話では依存する女性という、二人の女性像を描かれているように感じました。

あさの 一話は、おまいという少女の生き方を中心に据えて書こうと思っていて、最初はハッピーエンドで終わるかと思ったんです。良縁を得て大店のお内儀(妻)になってめでたしめでたしみたいな。だから前半では、親に全否定された少女のような形で書いていたのですが、書いていくうちに「この子は大店のお内儀に収まって、幸せだなと思えるような生き方をしていないな」と考えが変わっていきました。芯の強さは絶対に要るなと思ったんです。はなから自立して自分のために生きていく、みたいな女性を描こうとは思っていなかったです。 二話目に登場する吉野孝子は、最初あんなに弱いとは思ってなかったですね。でも、孝子という人を追いかけていったら、これしかないなって。

――ラストは意外な展開が待っています。

あさの 初が「おれは、とんでもない過ちを犯してしまったのか」みたいなことで悶々とするんですが、一つの縁によって、優しさや思いやりといったものが逆に棘や刃になってしまう、という組み合わせもあるなと。孝子の夫である吉野作之進が持つ、あの優しさとか気遣いというものを欲している人もいると思うし、現代に持ってきても全てを許せる男性というのは、私は貴重だなと思います。ある意味理想的ではあったけれど、それがすごく許せなかった女性がいる。そして許せなかった意味もある程度分かるじゃないですか。自分の一番触れて欲しくない所に触れて、なお許すという。それは、ものすごく不遜なことであったりもするわけで。良い悪いではなくて、人の縁の不思議さ剣呑さも含めて、今回「えにし屋」という作品を書く機会を頂けたことで、生まれた物語かなと思っています。

 ***

あさのあつこ
1954年、岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。91年に『ほたる館物語』でデビュー。96年に発表した『バッテリー』およびその続編で、野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞、小学館児童出版文化賞を受賞。2011年『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。近著に、『ハリネズミは月を見上げる』など。

構成:三木茂/榎本秋

角川春樹事務所 ランティエ
2020年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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