直木賞・本屋大賞ノミネートで注目 作家・伊与原新が語る研究者から小説家へ転身した理由

インタビュー

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八月の銀の雪

『八月の銀の雪』

著者
伊与原 新 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103362135
発売日
2020/10/20
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

「座・対談@オンライン」科学との幸せな出会いを

[文] 読書のいずみ

地球惑星科学を専攻し、東京大学大学院博士課程を修了した異色の経歴を持つ小説家・伊与原新さん。科学の知見を活かした独自の作風が大きな注目を集め、このたび、最新作『八月の銀の雪』が2021年本屋大賞にノミネートされました。

大学生向けの読書情報誌「読書のいずみ」では、伊与原さんの後輩となる同大学院の永井はるかさんが取材を担当。学生~研究者時代の思い出、小説で科学を届けること、そして最新刊『八月の銀の雪』ついて語っていただきました。

1.研究者時代の思い出


伊与原新さん(写真:(C)新潮社)

永井 まずは伊与原さんについて少し伺いたいと思います。伊与原さんは神戸大のご出身ですが、どんな大学生でしたか。

伊与原 3年生まではアルバイトをしたり学部や学科の友達と遊びに行ったりする普通の学生でしたよ。できたら大学院まで進んで研究を続けたいという思いはありましたけど、熱心に何かを勉強するとか、それ以上の高いモチベーションはなかったですね。4年生になってからは、入った研究室の環境がすごく気に入ってずっと大学にいましたけど。

永井 そうなんですか、なんだか意外です。神戸大から東大大学院に進まれたのには、何かきっかけがあったのですか。

伊与原 神戸大はすごくいい環境だったんですけど、なんて言うんでしょう、やっぱりちょっと憧れるじゃないですか東大って。神戸大にもいい先生はたくさんいらっしゃったんですけど、東大には教科書に名前が出てくるような、例えば僕らの時代だと松井孝典さんといった有名な先生がいるというイメージもあって、何か刺激的な感じがしたんですよね。あとね、浜野洋三先生が『地球の真ん中で考える』(岩波書店)という本を書いていて、それを大学4年生の時に読んで凄く衝撃を受けたんですよ。内容は、地球磁場の変動と気候変動の間には関係があるっていう話。浜野先生のアイディアというのは氷床の消長──大きくなったり小さくなったりするのが地球の自転変動に影響して、ダイナモに影響して地磁気が変動するという説でした。そういうことを言ったのはたぶん浜野先生が初めてで、それを読んで当時は凄く驚いたんです。いまでこそ地球システムみたいな考え方が普通ですけど、当時は多圏相互作用みたいなことがすごく面白く感じたので、東大にいる浜野先生のところで勉強したいと思ったんですよね。それが東大大学院を受けようと思ったきっかけです。

永井 入ってみていかがでしたか。

伊与原 入った当初はやっぱり神戸と少し文化が違うので、馴染めなくて1年くらい辛かったかな。浜野先生はすごく素晴らしい方で気にかけていただいたんですけど、東大の人たちはやっぱり意識が高いし優秀で、先輩たちが何の話をしているのか全く分からないという、そのついて行けなさに結構ショックを受けましたね。マスターぐらいまで頑張って取ったらやめようと思っていたんですけど、M2の頃になると先輩とも仲良くなり楽しくなってきて、それからはもうやめられなくなりました(笑)。

永井 博士課程を修了した後研究者になられましたが、研究者時代の思い出をお聞きしたいです。

伊与原 やっぱり仲間に恵まれたというのが一番良かったことですね。先生にも先輩にも本当に恵まれたので、みんなでフィールドに行くのがすごく楽しかったです。僕は太古代というすごく昔の時代の地磁気を研究していました。アフリカとかオーストラリアとかカナダとかに古い岩石を取りに行っていたんだけど、そういうのが思い出として強烈に残っていますね。大学院生活とか研究者としての活動自体は本当に楽しかったです。

 ただ、あまり結果を出せませんでした。大昔の、何10億年前の古地磁気をやるということの難しさをクリアできなくて、自信のあるデータを得られず、人に自慢できるような論文が書けなかったんですね、最後まで。少し専門的な話になりますが、単結晶を使った古地磁気測定というのをずっとやりたくて考えてたんです。でもどうしても磁力計の感度が上がらなくて、単結晶ではなかなか難しい。どんなにトライしてもちゃんと測れない、それが一番苦しんだところですね。どうやったらうまくいくのかを考えたけど、結局最後までわかりませんでした。

永井 私も今は研究自体はとても楽しいです。でも、始めたばかりなので結果が出なくても「まだまだこれから」と思えるけど、確かにやり続けても結果が出ないと辛いですね。

伊与原 ある程度は壁にぶち当たるものなんですが、やはり何かブレイクスルーが無いとなかなか続けていけないと思います。楽しいだけで最後まで行ける人はなかなか少ないと思いますね。

インタビュアー:永井はるか(東京大学大学院 理学系研究科地球惑星科学専攻M1)

読書のいずみ
165号冬号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

全国大学生活協同組合連合会

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