『八月の銀の雪』
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「座・対談@オンライン」科学との幸せな出会いを
[文] 読書のいずみ
3.『八月の銀の雪』のこと
永井 それではいよいよ作品について聞いていきたいと思います。新刊の『八月の銀の雪』を読ませていただきました。私は収録されている五つの短篇のなかで「アルノーと檸檬」が一番好きです。この主人公が夢を見失って自堕落な生活を送りますが、私もそういうふうになってしまうことが時々あって、でも周りの人と話すことで前を向けている部分があるので、主人公に大変共感しました。キャラクターでは寿美江さんがとても好きです。
伊与原 僕も「アルノーと檸檬」が気に入っています。もともとミステリーを書いていたので、最後にちょっとだけ種明かしがある作品がやっぱりいいんですね。なので一番好きな話ですね。
永井 そうなんですね。『月まで三キロ』を読んでいても、表題作「月まで三キロ」で月まで3キロってどういうことなのかなと思わせて、そのあとにそれが明らかになった時や、「エイリアンの食堂」でプレアさんが「わたし、一三八億年前に生まれたんだ」の真相を説明した時は嬉しくなりました。
伊与原 なんてことはない話を書く時でも、どういう情報をどういう場面で出そうかなということは一番気にしています。ミステリーではその順番が本当に重要になってくるんですけど、『八月の銀の雪』とか『月まで三キロ』みたいな作品はミステリーではないのでそこまで気を遣わなくてもいいとはいえ、読者に最後まで飽きずに読んでもらうためには、自分が一番伝えたかったネタを、一番いい場面で出せるように気にかけながら書いてますね。
永井 ちなみに『八月の銀の雪』は前作の『月まで三キロ』と雰囲気が似ていますが、今回はどんなコンセプトで書こうと考えていらっしゃいましたか。
伊与原 『月まで三キロ』では、「科学とか研究者の世界に触れることで人生に行き詰まっている人の世界の見え方が少し変わる」という小説を目指したんですね。でも、<科学>という言葉が出てきたらそれだけで拒絶反応を起こす人もやはりいっぱいいます。これがどれくらい一般の人にウケるんだろうって思いながら出版したんですが、結果的に今まで出した本の中で一番多くの人に読んでもらえたんです。こういうテーマでもちゃんと受け入れてもらえるということがわかって、じゃあもう少し続けてみようということで、『八月の銀の雪』を書きました。
『月まで三キロ』はね、「ほっこりしました」とか「いい話でした」という感想が多くて、もちろんそれはそれで嬉しかったんですけど、次はもうひと味足したかったんですね。『月まで三キロ』のように読後感のいいもので、そこにちょっとダークな部分、ビターな要素が入ってもいいなということを意識して書きましたね。
永井 ダークな部分というのは具体的にどのようなものですか。
伊与原 例えば、「十万年の西風」は<科学の功罪>みたいなことをテーマに、風船爆弾とか戦争のことにも触れました。また、表題作「八月の銀の雪」でも、コンビニで働いている外国人や就活の話というのは、わりと社会の抱える問題ですよね。社会問題を正面から捉えようと思ったわけではもちろんないですけど、そういうことをあえて出してみました。
永井 それは全然気づかなかったですね。
伊与原 気づかないぐらいでちょうどいいんですよ。
永井 伊与原さんとしては、コンビニで働く外国人とか科学の功罪についていろんな人に知ってほしいという気持ちがあったのですか。
伊与原 そこまで強い思いはないんですけど、社会の一部として「そういうこともあるよね」ということは少し考えていましたね。
コンビニ外国人に関しては、自分もコンビニで拙い日本語を話すバイトの外国人を見ると、ちょっと幼い感じがするなといつも思っていたんですよね。でも実際はそんなことはなくて、母国語で話し合ったらすごいレベルの高い議論ができるかもしれない。自分自身も研究者の時に海外で学会発表をしたりしたら、英語が全然下手なので思っていることをうまく言えないじゃないですか。専門家として言いたいことはいっぱいあるんだけど、それをうまく英語で言えないことのもどかしさというのを経験していたので、コミュニケーションのとれなさだけで相手を見下したりしていないだろうかということを自戒も込めて書いたところもあります。これを書く前に『コンビニ外国人』(芹澤健介/新潮新書)という本を読んだんですけど、やっぱりいろんな人がいるんですよね、コンビニの外国人にも。ベトナムではエリートで「東大の経済学部にいます」みたいな人もいる。そういうことを普段気にかけることすらないですよね。
永井 そうですね。コンビニ外国人がどんな人たちかは考えたこともなかったので、本を読んで確かにコンビニ外国人への見え方が変わったかもしれません。