『マーケターのように生きろ』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
マーケターのように生きる知恵が「最強の武器」になる
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
現代においては在宅勤務が急速に普及し、副業も難しいものではなくなっています。
また、インターネットを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーク」も、もはや一般的なものになりつつあります。いろいろな意味で、活躍の場が増えているわけです。
そんな時代に求められるのは、当然のことながら「個」の力です。
働き方が多様になったこと自体は喜ばしいとしても、自身のなかに際立った「個」がないと生き残れないと考えることができるはず。「個」があれば、自分を表現することができるのですから。
だとすれば、「表現できる自分」を持たない人はどうすればいいのでしょうか? 自分を表現するのは苦手だという人は、際立った「個」を持つことはできないのでしょうか?
『マーケターのように生きろ: 「あなたが必要だ」と言われ続ける人の思考と行動』(井上大輔 著、東洋経済新報社)の著者は、この問いに対して「それは違う」と明確に述べています。
そんな人には、「相手をよく知り、その期待に応える」という生き方があるのだと。
自分を表現するのではなく、人の期待に応えることを追求するのです。そのために、まずは相手をよく知り、相手が何を求めているかに思いをめぐらせます。そして、自分にできる精一杯でそれに答えます。
この本では、そんな生き方を「マーケターのように生きる」と呼んでいます。マーケティングとは、そうして「常に相手からスタートする」という考え方を体現したものだからです。(「はじめに」より)
マーケターである著者は、ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部長。そう聞けば華やかそうにも思えますが、元々はミュージシャンを志すも挫折し、小さな広告会社からプランナーの仕事をスタートしたのだそう。
当初は仕事のできないお荷物社員だったものの、「仕事とは人の役に立つこと」という考え方を意識したことで、可能性を開花させたのだといいます。
つまり本書は、そんな実体験がベースになっているのです。きょうはCHAPTER1「マーケティングとは『思想』である」に焦点を当て、基本的な考え方を確認してみたいと思います。
マーケティングとは「価値の交換」をデザインすること
著者はここでまず、マーケティングの定義を確認しています。なぜなら、マーケティングとまったく関係がない人は、あまりいないものだから。つまりマーケティングのテクニックは、多くの人々の日々の仕事にも直結するものが多いということ。
「アメリカ・マーケティング協会」は、マーケティングを次のように定義しているのだそうです。
【マーケティングの定義】
マーケティングとは、顧客、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を、創造し、伝達し、運搬し、交換する、活動・一連の組織・プロセスである。(29ページより)
マーケティングは、マーケティング部や広告部の仕事だと思われがちですが、それを実行するのは必ずしも「専門の組織」である必要はないのだとか。
そもそも「組織」である必要すらなく、「活動」や「プロセス」でもいいというのです。つまり、会社でどんな部署にいても、どんな仕事をしていても、そのなかに「マーケティング」と呼べる活動」や「プロセス」があるかもしれないということ。
またマーケティングは、「顧客」を相手にしてビジネスの話だとも思われがちです。
しかし必ずしも相手が「顧客」である必要はないのだといいます。たとえば企業が採用活動をする、大学が学生を集める、政治家が投票を呼びかける、慈善団体が寄付金を募る、そうしたすべてにマーケティングと呼ばれる活動やプロセスがあるわけです。
では、「マーケティングと呼べる活動やプロセス」とは具体的になんなのでしょうか?
著者によればそれは、価値をつくって、伝えて、届けて、交換すること。
ある動物愛護団体が、地域猫を管理するための寄付金を募るとします。 この団体は「猫が幸せに暮らせる社会」という価値をつくっています。
それを実現するための仕組みをつくり、活動をポスターなどで広く伝えます。それを見た愛猫家は、自分の持つお金という価値を、この「猫が幸せに暮らせる社会」という価値と交換します。
団体はそうして集めた資金を使って、実際に猫が地域と共生するための活動を行い、それを支持者たちに報告することで価値を届けています。
一連の活動を通じ、この団体は、価値をつくって、伝えて、交換して、届けていますよね。
つまりこれは「マーケティング活動」なのです。(31〜32ページより)
もちろんこの団体にはマーケティングの専門知識があるわけではなく、顧客を相手にしたビジネスを行っているわけでもありません。
しかし、価値をつくってそれを伝え、交換して最終的に届けるまでをデザインしているという意味で、これはマーケティングであるということです。(28ページより)
マーケティングの4ステップ
つまりマーケティングとは、相手にとっての価値を生み出し、それを伝え、相手の持つ別の価値と交換してもらうということ。したがって「マーケターのように生きる」ためには、「相手にとっての価値を生み出し、それを伝え、相手の持つ価値と交換してもらう」ことを目指すべきだというのです。
こうした考え方に基づき、著者はマーケティングを次の4つのプロセスに分けて考えています。
1:市場を定義する
2:価値を定義する
3:価値をつくりだす
4:価値を伝える
(34ページより)
1は、価値を提要する相手を誰にするか決めること。自分がつくりだす価値が誰を相手にしたものなのか、それを決めることがすべての出発点だという考え方です。
2は、相手の求めるものを深く探ること。相手がなにに困っているのか、なにを欲しているのかを、どんな形で解決したり提供したりできるのか考えていくわけです。
3は、定義した価値を実際に形にすること。価値を生み出すために、商品、サービス、コンテンツとして形にしていく必要があるということです。
そして4は、実現した価値を相手にしっかりと伝えること。価値を伝えるのは、自分が相手の役に立つために欠かせないプロセスだというわけです。
重要なのは、この4つのステップがビジネスパーソンの仕事にもどこかで関係しているという感覚。
それがわかると、マーケティングの考え方やテクニックを実践する機会をつくりだすことができるというのです。(33ページより)
*
本書はマーケターになるための教科書ではなく、「マーケティングの基本的な考え方を紹介し、それを理解してもらうことで、『マーケターのように生きる』という視点を身につけてもらうための本」なのだそうです。
重要なポイントは、著者自身がその視点に救われた経験を持っているということ。だからこそ、本書の主張は読者に強く訴えかけるわけです。
Source: 東洋経済新報社
Photo: 印南敦史