50時間超のインタビューで明らかに 「稀代の相場師」が語った事件の真相
[レビュアー] 須田慎一郎(経済ジャーナリスト)
それにしてもなぜ今、中江滋樹なのか?
初めて本書を手に取った時の評者の卒直な感想だ。それというのも、評者にとって、いや多くの人にとって中江は、間違いなく過去の人だからだ。
確かにその全盛時には『兜町の風雲児』の異名をとり、株式市場のみならず、政治家や財界人からも一目置かれる存在だったことは間違いない。しかしそれも今は昔。少なくとも、1985年に詐欺容疑で逮捕された時点で、中江は完全に終わっていたはずだった。
とは言えかつては事件記者のハシクレを自任していた評者にとって、この本の著者である比嘉満広は、その分野での大先輩とでも言うべき人物。加えて古株の事件記者達の間では、凄腕の取材記者として知られていた。
その比嘉が筆を執った以上、何かあるはずだ、そんな予感を胸に本書を読み進めてみた。
そして読了後の評者の卒直な感想を言うならば、ただ一言「やられた」。それ以上でもそれ以下でもない、評者は完膚無きまでに「やられた」のだ。
逮捕され下獄したからと言って、決してすべてが終わったわけではなかった。出所後の中江は、再び株の世界に舞い戻り、いくつもの経済スキャンダルにかかわっていく。
その中江の証言を通じて、当時我々マスコミが解明することができなかったコトの真相が、本書の中で次々に明らかにされていく。
評者にとっては、これまで欠けていたピースが次々に埋まっていく、そんな心境だった。
それにしてもなぜ評者は、中江にアプローチしようとすらしなかったのだろうか。もちろんアプローチしたからと言って、中江が取材に応えてくれる保証はどこにもなかった。
しかしそれでも、そのワンアクションさえとっていたならば、この悔しい思いも少しは軽減されたかもしれない。
本書をまとめるまでに比嘉は、中江に対して延べ50時間余りのインタビューを行なったという。日を変え、場所を変え、同じような質問を何度も何度も繰り返していく。人の記憶はあいまいだ。そうした地道な作業を通じて、真相が明らかになっていく。
それこそ命を削るようにして株式市場と向き合った稀代の相場師は、どのように考え、行動し、そして死んでいったのか。本書を通じて、それが生々しく読者に迫ってくる。
いつの間にか、悔しさを忘れ、本書に没頭している評者がいた。