『つまらない住宅地のすべての家』
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脱走犯がやってくる
[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)
主要人物は20名以上。と聞けば「読んでいて混乱するかも」と思われるかもしれないが、大丈夫。読み進めていくうちに、一人一人のキャラクターがくっきり浮かび上がり、それぞれの言動が互いに影響を与え合っていく様にひき込まれるはず。登場人物の数だけ、極上のドラマが楽しめる。
関西のどこかにある、袋小路(ふくろこうじ)状の住宅地。隣人同士の関わりはあまりないが、ある日、刑務所から横領犯の女性が脱走したとニュースが流れ、この地域に動揺が走る。女性はこの地の出身で、どうやらこっちに向かっているらしいのだ。
袋小路の10軒の家には、老夫婦の二人暮らしもいれば、一人暮らしの住民、三世帯家族もいる。それぞれそれなりに事情を抱えているのだが、不穏なのは、何やら少女誘拐を企(たくら)んでいる男や、言うことを聞かない息子を離れに閉じ込めようとしている親がいること。そんな事情を知らないまま、自治会長は用心のために交代制で見張りを立てることを提案、住民たちに協力を求める。そこから彼らの奇妙な交流が始まっていく。
良からぬものがやってくる。そんな緊張感のなかで、ご近所さんの意外な顔を知って気持ちが動く人間もいれば、マイペースなままの人間もいる。
逃亡犯は遠景に描かれるご近所さんストーリーかと思ったら、彼女の事情と逃走の過程も挿入される。彼女が脱走した目的は?
老若男女、ステレオタイプは一人もいない。個々人の人生模様を丁寧に構築して、いつしか逃亡犯も含め全員に感情移入させてしまう著者の筆力があっぱれ。終盤の、伏線が回収され化学反応が起きていく様子も痛快。ミステリー読みにもお薦めしたくなる、スリリングな一冊だ。