『絶滅魚クニマスの発見』
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「未知」が「既知」に変わった瞬間 クニマス発見の胸おどるストーリー
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
2010年、「絶滅したはずのクニマスが生きていた」というニュースが日本中を驚かせた。クニマスは秋田県の田沢湖だけに棲息していた魚である。それなのに遠く離れた山梨県の西湖で発見されたのだ。なぜ、そんな場所で見つかったのか。その魚がクニマスだと、誰がどうやって気づいたのか。魅力的なミステリーである。推理作家なら、この謎をどう決着させるだろう。
これまでは新聞で報じられた大まかなことしか知らなかったが、この本で詳しい経緯がわかったので、謎が謎ではなくなった。しかしそれにもかかわらず、よりいっそう起伏に富んだ、胸おどるストーリーが立ち上がってくる。
1940年、近くの河川から「毒水」と呼ばれる強烈な酸性水を田沢湖に導入して以来、クニマスを含む多くの魚類が棲めなくなった。強酸性水を田沢湖に入れたのは、ひとつは潅漑、もうひとつは水力発電の必要からだ。毒水は田畑にも発電設備にも害になるので、除毒を進めつつ、田沢湖の豊かな水と混ぜて薄めようとしたのである。
しかしそれより前、漁業資源を増やすためにクニマスの卵は日本各地に分譲されていた。だからクニマスが日本のどこかで生きている可能性はあった。発見に報奨金がかけられたこともある。それでも長年見つからなかったのは、クニマスがかなり深いところで産卵するために棲息が確認しにくい魚だからだ。それに加えて、そもそもマス類の同定は難しい。「この魚はクニマスか、そうではないか」の判断がいかに繊細なものか、読みながら手に汗握る。
クニマスの数奇な運命を語った著者は、京大名誉教授。〈自然科学の研究は細い橋を渡っているときこそ、しんどいけれども緊迫感がある〉と書いている。細い橋を渡りきって「未知」が「既知」へと変わるその瞬間、世界像が更新される。この興奮をどうぞ共有してください。