キューブリックの代表作 原作には気になる“最終章”

レビュー

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キューブリックの代表作 原作には気になる“最終章”

[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)

 バロック時代の作曲家ヘンリー・パーセルの「メアリー女王の葬送行進曲」がシンセサイザーで荘厳に奏でられる中、右眼だけにつけまつ毛、山高帽をかぶったマルコム・マクダウェル扮するアレックスがスクリーンの中からこちらを睨みつける『時計じかけのオレンジ』のオープニング。恐ろしくて異様で、否応なしにキューブリック監督の世界に引き込まれてしまう。

 アレックスは近未来の英国に住む若者(原作の15歳より年上の設定)。暴力と音楽、特にベートーベンをこよなく愛している。白を基調としたスタイリッシュな映像と名曲の中で繰り広げられる凄まじい暴力の日々とその因果応報。目をそむけたくなるようなシーンでも、そう出来ないのは、キューブリックマジックか。

 最近になって、アントニイ・バージェスの原作を読んだ。映画と同じくアレックスの一人称で語られる物語だが、暴力描写が映画以上に凄まじくてびっくり。映画でアレックスたちが使っていたスラング(デボーチカとかドルーグ等々)がより頻繁に出てきてかなり面食らうが、これらは「ナッドサット語」といって、ロシアの若者言葉からヒントを得て作者が生み出したオリジナル言語との解説にまたびっくり。でも原作を読んで一番びっくりしたのは、映画では描かれなかった最終章があったこと。

 刑務所送りとなったアレックスが、政府による犯罪者の矯正「ルドビコ療法」を受けて社会復帰するが、自殺未遂で入院。結局、邪悪なアレックスに戻って映画は終わり。だが、最終章は、かつてのような暴力の日々に虚しさを感じ始めたアレックスが「どうやらオトナになった」と自覚し、結婚して家庭を持つことを考え始めるというもの。

 原作者には申し訳ないが、映画の方が圧倒的に有名で印象が強すぎて、常識人に成長したアレックスを描いた最終章はどう受け止めたらいいのか、正直困惑&混乱。だって、最終章前まではぶっ飛びまくっていた物語が、突然、ありがちな青春小説のように終わるんですよ。この小説、アメリカや日本では長いこと最終章が削除されていた。出版社もやっぱり悩んだのだ!

新潮社 週刊新潮
2021年6月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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