老いも若きも悩ましい老夫婦と青年 三者三様の心模様

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老いも若きも悩ましい老夫婦と青年 三者三様の心模様

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 不穏なタイトルに心惹かれる。井上荒野『その話は今日はやめておきましょう』は、ある青年と前期高齢者の夫婦の物語だ。

 夫七十二歳、妻六十九歳。大楠昌平とゆり子の最近の趣味は、クロスバイクで少しばかり遠出し、気に入った店を見つけること。それなりに裕福な夫婦の定年後の日常は、サイクリングのおかげで充実していた。

 しかしある日、昌平が怪我をし、生活は一変。二人はフリーターの石川一樹を家事手伝いとして雇い入れる。ほんの数回言葉を交わしただけの、ほとんど他人と言っていい二十六歳。しかし、夫婦にとってたくましい若者をそばに置くことは、番犬を飼うような安心感を得ることだった。

 生のエネルギーに満ちた存在が出入りするようになり、家の中の空気が微妙に変化する。物語は一樹の内面にも焦点を当て、年の離れた世代の交流と見えるものの危うさを描いていく。ある疑念を中心に進んでいく後半の展開は、もどかしい分だけたまらなくスリリングだ。畏怖、焦燥、侮り、羨望。それらが交錯する三者三様の心模様が、老いも若さも等しく悩ましいものだという事実を伝えて読み応えがある。

 定年退職したばかりの元銀行員の奮闘を滑稽味たっぷりに綴った、内館牧子『終わった人』(講談社文庫)には、「現役(感)」にこだわらずにはいられない男性高齢者の本音が詰まっている。行かなければならない場所はないのに、時間だけはある虚しさ。打ち込める趣味もなく、友達もいない現実に向き合わされる情けなさ。性的にも、社会的にも必要とされたいと願う中で、肩書をなくした今の自分にどれほどの価値があるのかと自問する主人公の姿に、自分自身を重ねる読者も多いだろう。

 京極夏彦『オジいサン』(角川文庫)は、七十二歳、独身、公団住まいの益子徳一の脳内に流れる思考を、時間を細かく区切って写し取ったユニークな作品。些末な出来事を繰り返し反芻する徳一の、動きの少ない地味な日常がなぜこんなに面白いのだろう、と思うことが楽しい。

新潮社 週刊新潮
2021年6月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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