『50歳になりまして』
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人生の緊急事態宣言 真率かつ軽妙な50歳独身女“苦悶”の記
[レビュアー] 今井舞(コラムニスト)
芸歴29年。いつの間にやら、芸人としての仕事は減り。旦那も子供も彼氏もいないプライベート。潮目を変えんと、一念発起で計画したカナダ留学もコロナ禍で直前に頓挫。そして気づけば50歳……。人生そのものが、全方位的緊急事態に陥った著者による、書下ろしエッセイ。
留学するつもりで住居を引き払っていたので家なき子に。転がり込んだ妹の家で、可愛かったはずの甥姪の素顔に幻滅。思わず叱ると妹に叱られ、「お粗相をした座敷犬」のように過ごした居候生活。仕事がほぼ消滅し、募る不安と向き合わないよう「気を張ってゴロゴロしていた」昨年の緊急事態宣言下の生活。元ヘビースモーカーという意外性と、吸うのは己を戒めるためという独特の喫煙理論。バッシングされた度重なる遅刻の理由として辿り着いた、時間認識能力の欠如の考察。感情表現の苦手を克服せず放置したせいで、いつしか腐っていた喜びセンサー……。徒然なるままに綴られた、自らに対する観察は、過ぎる卑屈も虚飾もなく、実に俯瞰的。「神のように無から不安を生み出すことができる」といった軽妙な筆致で「人を好きになる前に死にたくない」「今、子供は欲しくないけど、いつか欲しくなったらどうしよう」といった、心の憂色と取っ組み合いし続ける。
相方・大久保佳代子に対する心情の吐露もあくまで正直。先に売れた自分の後で、大久保が売れた時の嬉しさ。あっという間に追い抜かれた時の焦り。幼馴染ゆえ、盆暮れの地元の集まりでも顔を合わせて、お互いうんざり。しかしゴシップになるので、「あっちが来るなら行かない」とは言わず。その代わり、誰にも気づかれず、光の速さで「なんだよ、いるのかよ」と目で会話する。こういう時、コンビだなと思うそうだ。芸人の肌感覚が伝わる、なるほどなエピソードである。
自分の性格、容姿、健康、人間関係、仕事、老後と悩みは尽きないが、とりあえず引っ張り出した結論は「ひん曲がったなりに、ナチュラルに生きてみよう」。独身50代女性でなくとも、誰もがどこかで共鳴必至。孤高とまぬけの、心地いい喫水線がここに。