母を守るために天下人になったという新解釈
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
『吉宗の星』のことなら、たまらない。
何がたまらないかと言えば、吉宗が将軍になるに際して、さまざまな人の想いが交錯しているからである。
まず、五代将軍綱吉。彼は吉宗の母が、父・光貞が紀州にて見初めた女であると知ると、苦いものを感じざるを得ない。綱吉の実母桂昌院は側室、しかも八百屋の娘である。同じ身分賤しき母。
しかし、吉宗はその母を、何に代えても大事なものと言い、「母を守る庇となりとうございます」と言うではないか。それを聞いた綱吉は「高みに登れ。さすれば、そなたの願いは叶う」と言う。
吉宗が天下人を目指した遠因が母を守るためだったという、極めて人間臭い解釈、さらには、それに火を付けたのが、母親に関して似た境遇を持つ綱吉のシンパシィであり、そこから溢れ出る想い―そして綱吉は吉宗に、越前葛野を与え、吉宗は光貞によって仏門に入らされるところを辛くも救われる。
さらに吉宗を天下人にという想いは、紀州藩士で吉宗の乳兄弟にして唯一の家臣・星野伊織、紀州指折りの高僧にして学問の師匠・鉄海の二人によって支えられていく。二人はいわば吉宗の影の部分を担っていく事になる。
物語は、吉宗が将軍となる前から、そしてなった後もさまざまな試練に立ち向かっていく様を、大奥の江島一件、尾張宗春との角逐、米相場との戦い等の中に活写していく。
その中で、吉宗の用意した江戸城入りを断り、日陰の場所に居る事を選び続けた母の姿はことさらに切なく描かれている。
本書は、通読すれば、いわゆる“吉宗一代記”ではあるが、作者の求めたものは、一個の人間の生の記録に他ならない。
その姿勢が一貫しているからこそ、読者は本書を読み終えた時、こみあげる感動と共に深い満足に浸ることになるのである。