『生物学的に、しょうがない!』
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人前で話すのが苦手なのは「しょうがない」、その生物学的な理由
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
「生物学的にしょうがない」「人間だって動物なんだから」というような表現は、どちらかといえば敬遠されがちではあったかもしれません。
しかし、進化心理学者である『生物学的に、しょうがない!』(石川幹人 著、サンマーク出版)の著者は、そう考えることで多くの悩みが解消できるのだと主張しています。
人生には「がんばればなんとかなること」と「がんばってもしょうがないこと」があり、それは当然のこと。
あなたには「あなたの遺伝子」が、他人には「その人の遺伝子」があります。
だから、他人にできることであなたにできないことがあるのは、当然です。
同様に、あなたにはできるけど他人にはできないことも、必ずあるはずです。(「はじめに」より)
なのに「同じ人間なのだから、きっとできるはずだ」とか、「努力を重ねれば誰でも絶対に達成できる」などというのはナンセンス。
そういえるのは遺伝子の影響力を知らないからであり、遺伝子がもたらす個人差の現実について、もっと認識すべきだというのです。
幸福な人生を送るために、まずやるべきこと。
それは、ひとりの人間として、どれをがんばるべきで、どれを諦めるべきかを見極めることだと、私は考えます。(「はじめに」より)
そうした考え方に基づき、本書では「生物学的にがんばってもしょうがない」代表的な51項目を紹介しているわけです。
きょうは第1章「人間だから、しょうがない!」のなかから、「なぜ人前で話すことが苦手なのか」という、多くの人が悩んでいるであろう問題に焦点を当ててみたいと思います。
人前で話すの苦手なのは、しょうがない!
「人前で話したくない」と感じている方は少なくないでしょうが、決しておかしいことではなく、そう思うことには生物学上の根拠があるのだそうです。
具体的には、「オオカミなどの捕食者がいるかもしれない」と感じてしまう、動物としての根源的な部分が原因だというのです。
著者が大学の、100人以上が入る大教室で近くに座る生徒を指して「質問は?」と問うと、とても嫌がられるのだとか。一方、高校に出前授業に行くと、多くの生徒が次々と質問してくるのだといいます。
なぜ、そんなに差が出るのでしょうか? 高校で積極的に質問していた生徒たちは、大学に行くとどうして黙ってしまうのでしょうか?
著者によれば、この疑問に対する答えを出すのが生物学。
いわば高校の教室はシカたちの和気あいあいとした集まりであり、一方、大学の教室は“シカたちの背後にオオカミが潜んでいるかもしれない危険な場所”だということです。
私たち人間は、食うか食われるかの過酷な競争を勝ち抜いた霊長類から進化してきました。最も近い類縁動物はチンパンジーやボノボです。多くの動物は一頭では弱い存在です。
オオカミのような捕食動物に囲まれてしまったら万事休すです。だから、シカのように群れを作ります。
仲間で群れていれば安心なのです。というのも、誰かがオオカミをいち早く見つけ、群全体で走り出せば、オオカミの作戦を無力化できるからです。(26ページより)
私たちは、実際のところ近くにオオカミは潜んでいないと確信しています。しかし、見知らぬ誰かに攻撃されるかもしれないという警戒心は、なかなか拭えないもの。
いいかえれば人間は、それほど警戒心が強いからこそ生き残ってきた個体の子孫だということ。
だから、あなたが人前で話すのが苦手なのは、生物学的にしょうがないのです。(27ページより)
その一方、人前で話すことを苦手としない人がいるのも事実です。しかし、そういう人は「見知らぬ人への警戒心がそもそも弱いタイプ」か、もしくは「人前で話すのに慣れた人」だというのです。
前者は、生物学的な突然変異。人間をつくる遺伝情報が子孫へ伝達されるときにたまたま生じたコピーミスで、進化の原動力でもあるのだそうです。ところが自然界では、捕食者に真っ先に取って食われて生き残れないことになります。
とはいえ人間社会ではそうした危険はなくなってきたため、少数ながら生き残っているということ。そうした人は、いまや「うらやましい存在」ともいえると著者はいいます。(24ページより)
人前で話すには経験が必要
現実問題として、人前で話すことに慣れるためには経験が必要。いまでは100人以上の生徒を前に話している著者も、25年以上にわたる教員生活を経て慣れてきたそうです。
また、話す内容に自信をつけることも大事。たとえば著者は進化心理学者ですから、「生物学や心理学の話をしろ」といわれればお手のもの。
しかし、社長さんたちの前で「企業経営の話をしろ」といわれれば縮み上がってしまうだろうと記しています。専門外の話で自信がないのだから、当然すぎること。
人間はこうした意味で動物なのです。悲しいかな、人前で話すのは警戒心が先行して難しいのです。(27ページより)
つまり無意識のうちに、見知らぬ人のことを捕食者だと感じてしまうということのよう。
だからこそ、「人前で話せないのはしょうがない」と諦めることが大切だというわけです。そういわれると、少し気が楽になるようでもあります。(27ページより)
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「がんばってもしょうがないこと」と「がんばればどうにかなること」の分岐点で迷わないようになれたら、それは自身の個性になるはず。
「どうしてできないんだろう?」と悩んできた方は、本書を読んでみれば感じ方や考え方を変えることができるかもしれません。
Source: サンマーク出版