花は咲けども噺(はな)せども 神様がくれた高座 立川談慶著

レビュー

6
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花は咲けども 噺(はな)せども

『花は咲けども 噺(はな)せども』

著者
立川 談慶 [著]
出版社
PHP研究所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784569901244
発売日
2021/05/13
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

花は咲けども噺(はな)せども 神様がくれた高座 立川談慶著

[レビュアー] 美村里江(女優、エッセイスト)

◆笑って泣いて 落語家人情

 「人間の業(ごう)の肯定」は、本書内にも度々登場する故・立川談志の落語の定義である。この姿勢をベースにした落語家「三々亭平佐」を、映画『落語娘』にて今は亡き津川雅彦さんが演じられ、私はその弟子の前座、香須美を演じた。広義として同じ芸能枠ではあるが、その時の経験から「落語家」という存在を常に仰ぎ見ている。

 落語家は企画・プロデュース・脚本・演出・カメラ・音声・美術・編集等ほぼ一人で実現する。老若男女人非ざる存在まで、幅広い表現力と語りを両立。古典を百席覚えるのが真打ちの条件の一つという流派もあり、新作となれば作家能力も必要。唯一無二の魅力を持つ職業であるため、本書の主人公山水亭錦之助のように脱サラして転身、というのも頷(うなず)ける。

 「落語家は食いっぱぐれがないからお笑い界の公務員みたいなもの」とは言い得て妙な作中の表現だが、錦之助の視点から体験するとその苦労は幅広い。

 稽古と経験を積み七年で二つ目昇進、でも生活はカツカツなので無茶(むちゃ)振りの仕事も受ける。寒風吹き荒(すさ)ぶ湖の端、高温多湿のサウナ内で、興味のない人々に向ける一席は厳しい。「一度は売れてみたい」という欲も持っているが、世知辛い「世の常」に顔で笑って心で泣いて。明朗なしっかり者の妻に支えられ、子供二人の存在が励み…。

 真面目ながら人間臭い錦之助は、落語の登場人物のように親しみを感じさせ、気負いなく読める。その分、錦之助の悲喜交交(こもごも)の実感、ふとした表現がグッと沁(し)みてくる。

 例えば、二話の終末ケアの患者家族との在宅ホスピスでの交流後の一節。安いけれどやり甲斐(がい)のある「ライフワーク」と、実入りはいいけど充実感は薄い「ライスワーク」についてなどは、どの職種でも共感するものだろう。また、四話の「下から目線」の考えに救われる人も多いはずだ。

 迎えた最終話、気づけば胸が温まっていた。言葉の威力を知り尽くした現役真打ちの一冊。職業に貴賤(きせん)はないが、やはり落語家は凄(すご)い。

(PHP文芸文庫・858円)

1965年生まれ。会社勤めを経て91年に立川談志に入門、2005年真打ち昇進。

◆もう1冊

柳家喬太郎著『落語こてんパン』(ちくま文庫)

中日新聞 東京新聞
2021年7月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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