教師の長時間労働の陰にはメディアの利権も――『学校弁護士』著者、神内聡さんインタビュー【後編】

インタビュー

4
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場

『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』

著者
神内 聡 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/教育
ISBN
9784040823171
発売日
2020/10/10
価格
990円(税込)

書籍情報:openBD

教師の長時間労働の陰にはメディアの利権も――『学校弁護士』著者、神内聡さんインタビュー【後編】

[文] カドブン

文=角川新書編集部

教師として、弁護士として活躍する、書籍『学校弁護士』の著者、神内聡さんのインタビューの後編です。法律家として最も深刻な学校の問題は長時間労働だという神内さん。やり玉にあげられる一つが部活動顧問ですが、その構造には大手メディアも加担していると指摘します
教師の長時間労働が減らない、意外な理由――『学校弁護士』著者、神内聡さんインタビュー【前編】
https://www.bookbang.jp/review/article/690507

■「連盟」「協会」が教員のタダ働きを強いている

――前回、部活動指導員の導入では、教師の長時間労働を減らせるかは疑わしい、というお話がありました。単純に部活に休みの曜日を設けたり、土日はどちらかにする、などすればいいと思うのですが。

神内:スポーツ庁や文化庁のガイドラインでは、休養日などを設定するように規定していますが、スポーツの種類などによって練習の仕方が異なるので画一的に決めるのは難しいところです。また、実はあまり議論されていない大きな原因として、連盟、協会の存在があります。

 部活動顧問には、大会参加登録手続きや参加費の振り込みなど、教師の仕事とは無関係の作業が膨大にあります。これらは皆、連盟や協会が策定したルールに基づく雑用です。本来は、連盟や協会が外部の人材などを雇用し、人件費を負担して実施すべき業務であるにもかかわらず、現場の教師に押し付けられています。連盟や協会から手当が出ることはほとんどありません。また、大会は土日に設定され、ときには審判などもさせられますが、こちらも当然のように無給です。

――協会や連盟がそういうことを強いているのですね。初めて聞きました。

神内:この問題は大手のマスメディアではまず取り上げられません。というのも、マスメディアを中心としたスポーツや文化に対する利権が存在するからです。

 わかりやすいのは高校野球でしょう。私も高校野球が大好きなので、批判することには複雑な気持ちなのですが、マスメディアや日本高校野球連盟などの関連企業・団体は、「高校球児たちが作る感動」を建前に、「学校教育の一環」であるはずの部活動に利権を築いています。スポーツ利権は極めて巧妙です。アマチュアリズムが建前のため、本来であれば巨額の利益が発生するはずの利権を、あえてほとんど無償で取り扱っています。

 例えば、高校野球のテレビ放映権は本来であれば巨額な市場価値があるはずですが、放映権料は実質無償です。これは一見、スポーツ利権が存在しないように思えますが、そうではありません。巨大な経済的付加価値を発生させているはずの高校生や野球部顧問の先生たちが、マスメディアと高野連の方針で、何らの経済的利益も受けられていないのです。

――確かにそうですね。ではそういった連盟や協会が強いてくるルールから逃れるために、連盟や協会に所属しないで大会に参加できないのですか。

神内:原則としてできません。たとえば高校野球の夏の県大会は、高校野球連盟に所属していない高校はエントリーできません。サッカーもバスケットもバレーも吹奏楽も、メジャーな部活動はほとんど○○連盟、○○協会に所属して初めて大会に参加できるというシステムです。大会のシステムも日程も、すべて連盟、協会が考えています。大会を土日に設定する、教員に無給で審判をさせる、教員が引率することを必須にする、などの方向性を変えない限り、部活を原因とする教員の長時間勤務はなくなりません。

 最近は連盟などに属さず、地域単位で社会教育施設を利用したスポーツクラブや、複数の学校による合同部活動などの実践例も注目されています。メジャーなスポーツではまだまだ連盟や協会の影響が強いですし、地域によっては施設や人材に限界がありますが、部活動を学校外に位置づけていく動きは今後も進められていくと思います。

学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場 著者 神内 聡 定価: 9...
学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場 著者 神内 聡 定価: 9…

■教師は部活動顧問をすべき?

――学校の外でも部活動ができるような取組みが進んでいるのですね。では、これからは部活動は教師がやらなくてもよい仕事なのでしょうか。

神内:いいえ、個人的にはそうは思っていません。そもそも、部活動を教師が担当すべきかという問題と、部活動による長時間労働は別問題です。確かに、部活動を民間に外部委託する動きも進められていますが、部活動は学校教育にかなり根付いていますし、地域や家庭の経済力によっては民間委託が難しい場合もあります。受益者負担を部分的に取り入れることも必要ですが、豊かな家庭の子どもだけでなく、経済的に余裕のない家庭の子どもも学力以外に必要なスキルを習得したり、趣味を持つきっかけになるなどの教育的意義も大きいので、学校から切り離すのは現実的ではないと思います。

 教師にとっても顧問を経験することで部をマネジメントする機会を得ますし、それはクラス運営にも生かされます。また、勉強は苦手でも部活動で輝く子など、子どもの多様な可能性を見出す観察力が磨けます。一方、外部の人材が部活動の指導に適しているかと言えばそうとも言い切れず、かえって教師以上に勝利至上主義や自己流の指導にこだわったり、体罰などの不適切な指導に及ぶ人もいます。

――ネットなどでは、教師たちの「部活動顧問をやめさせてほしい」という声があふれています。

神内:確かに「教師の本業は授業なので部活動はしたくない」という意見もありますが、民間企業でも「私の専門外なのでこの仕事をやりたくない」などとはそう簡単に言えないですし、会社が新規事業をする場合は未経験の仕事も当然のように担当させられます。もし教えることに集中したいのであれば、塾や予備校の講師になったほうがいいように思います。その代わり、教師よりも不安定で競争も過酷です。

 もちろん教師にとって授業は大切ですが、将来的にはAIがほとんどを行うようになるかもしれません。今でもネット予備校の動画や教育系YouTuberのほうがわかりやすかったりしますので、これからの教師は授業以外のスキルを磨く必要があると思います。

 とはいえ、部活動顧問を「無報酬で、過酷な法的責任を課され、強制的に担当させられ、際限なくやらされる」という現状は大問題です。部活動の仕事の大半は勤務時間外なのに、部活動をやりたくない先生たちに適切な残業代が支給されていません。日本の教師にとって部活動が過酷な長時間労働の負担になっていることは調査でも明らかになっています。また、多忙な部活動を毎年担当させられて疲弊している先生もいれば、活動が楽な部活動ばかりいつも担当している先生もいます。こうした不公平さも問題です。

 ただし、残業代を支払うとなれば、基本給が高くて部活動が好きなベテランの先生がたくさんの残業代をもらい、部活動をやりたくない若い先生が相対的に少ない残業代しかもらえないという弊害が生じるおそれもあります。また、教師は仕事量の偏りが大きいのにボーナスは一律で支給されるなど、民間企業と比べると明らかに不公平です。部活動での実績をボーナスに反映させるなど、不公平を解消する方策も必要です。

――問題の根が深そうです。部活動に関しては、どこから手を付けたらいいでしょうか。

神内:現状では、「部活動を外部化する」「部活動に残業代を支払う」のどちらかの意見がほとんどですが、私は学習内容の分量を見直して教師が勤務時間内で部活動ができるような制度がよいのではないかと考えています。

 例えば、学習内容を精選した上で、午前中は必修科目を学習し、午後からは好きな教科の授業と部活動の選択制にするのがいいと思います。そうすれば、生徒は学校にいる時間に自分のやりたいことを選択できますし、教えたい先生は教えることに、部活動をやりたい先生は部活動に集中できます。教える分量を絞ればアクティブラーニングも機能しやすいです。そのためには学習内容を精選して総量を減らすこと、教師の数を増やして勤務時間のシフト制や労働時間貯蓄制などが導入しやすいように人員を確保する必要があります。また、前述のように、連盟のあり方を改革する必要もあります。

 日本の学校の授業は必修ばかりで学習量も多く、生徒個人のニーズに応じて自由に選択できる時間がほとんどありません。部活動は教育課程外なので批判されやすいのですが、学習量の多さや選択の幅が少ないことも問題です。私が担当している「現代社会」は来年度から「公共」という新しい科目名になりますが、これまでと同様に週2時間の授業では到底終わらない分量が最初から学習指導要領で設定されています。にもかかわらず、その点については全く批判されていません。中途半端な授業が部活動よりも将来の人生に役立つ教育効果があるかは疑問です。教科書の途中で終わってしまうことが常態化している科目がいくつも存在するというのは本来ならあり得ない話なので、世界的に見ても稀なこの分量の多さこそ議論していくべきだと思っています。

――ほかに先生が見直したほうがいいと思うことにはどのようなものがありますか。

神内:とにかく教育にお金を使う意識が不足していると思います。例えば、昨年来の新型コロナウイルスでは、先生たちは極度の緊張を強いられています。換気、距離の確保はもちろんのこと、子どもたちが帰った後には教室や廊下や、げた箱まで消毒しています。こうした作業などは、外部の業者に依頼してもよいのではないでしょうか。もちろん、外部の業者に依頼するならば予算が必要ですが、子どもたちと教師の健康のためなのですから、ケチる必要などないと思うのです。「教育は無償」という感覚ではなく、「教育は投資」なのです。

■混迷する教育行政

――教育行政の混迷は極まっているように見えます。昨年度の大学入試では、大学入試センター試験が廃止され、新しい共通テストが導入されましたが、その過程で、民間英語試験の導入が試験の1年前になって突然見送られました。実際の高校3年生たちは本当に大変だったのではないでしょうか。

神内:本当にその通りで、子どもたちから見れば、コロナ休校もあり、入試制度の変更にも振り回され、高校生活最後の学校行事や部活動も中止になるなど、とてもストレスが大きかったと思います。同じクラスの仲間と盛り上げる文化祭や合唱コンクールを経験できなかった生徒もいます。自分がもし高校生だったら、本当に素直に受け入れられたかどうかわかりません。子どもたちにとって高校生活は一生に一度しかないのです。

 子ども時代などの人生のある時期に経験したことがその後の人生に多大な影響を与えることは研究でも示唆されているのですが、大人たちの政治パフォーマンスで高校時代にしかできないことが経験できなかったという意味では、子どもたちの将来に大きな禍根を残したのではないかと懸念しています。

――教育行政、という点でいうと前編で出ましたが、公立小学校では、1クラスの上限が40人から35人になることが決まりました。上限の引き下げは40年ぶりとのことです。先生の負担も少しは減るといいのですが。

神内:たしかに減りました。何もしないよりはいいと思いますが、教師の仕事が大きく減ることはないでしょう。

 少人数学級になったとしても、担任が1人なら負担はそれほど変わりません。担任の負担はクラスの人数よりも継続的に対応が必要な子どもの数に左右されます。
また、少人数学級が学力向上に効果があるかは必ずしも実証されていません。少人数学級がいじめを減らすというエビデンスも、多いわけではありません。かえって、少人数のほうが、同調圧力が働いていじめが増えたり、友だちの選択肢が減ることでいじめられる子どもたちにとって「逃げ場」を失わせる可能性すらあります。

――何か方策はありますか。

神内:私が以前から提案しているのは複数担任制(例えば、1クラス2人担任や学年の教師全員の担任制)です。
 メリットとしては、担任が2人いれば仕事量が減るだけでなく、どちらかが休みやすいのでワークライフバランスがとりやすいです。また、同じクラスの子どもを異なる視点から観察できるので、子どもの個性や能力を多面的に評価できます。子どもからすれば1人の担任と相性が合わなくても、もう1人の担任となら相性が合うかもしれないので安心です。また、男女2人の担任ペアであれば男子も女子も相談しやすいです。

 一方、デメリットとしては、担任同士の人間関係が重要になりますが、これは大人の事情なので対応策はそれなりにあると思います。実際に、複数担任制はすでにかなり効果を挙げている実例が出ています。
また、私は管理職も複数教頭制が望ましいと考えています。管理職の負担を減らせますし、工夫すれば一般の先生たちにとっても働きやすい制度です。こちらもすでにかなり効果を挙げている実例が出ています。

――これからの子どもたちにとって必要な教育とはどのようなものでしょうか。

神内:日本の教育は少子高齢化による人口減少の現実と人材ニーズの多様化に対応できていません。地域によっては社会の存続が不可能なほど少子高齢化が進んでいます。グローバルに活躍する人材も必要な一方で、人口減少社会を支える人材の育成も必要なはずです。多様な専門性が重視される社会では、従来型のゼネラリストよりも多様なスペシャリストを育成する必要もあります。

 その意味では、必修科目ばかりで選択科目がほとんどなく、効果があるかもわからない「〇〇教育」ではちきれそうになっている今の学習内容とカリキュラムは、早急に見直されるべきだと思います。先ほどもお話しましたが、例えば、午後は自分の好きな選択科目や部活動を選択できる制度であれば、子どもたち自身が将来必要なスキルを自分で選択して磨けるし、教師の勤務時間内で部活動もできるので法的にも問題が生じません。学力が低下するという懸念もありますが、内容を精選してAIやオンライン学習が普及すれば在校時間を減らしても効率的に学習できるようになると思います。

■なぜ教師と弁護士を兼業するの?

――改めて伺うのですが、神内さんが従事している「スクールロイヤー」というのはどういう仕事ですか。学校で働いている弁護士のことですか。

神内:スクールロイヤーという言葉がいつ頃から広まったかは定かではありませんが、文科省は2017年度予算の概算要求で「いじめ防止等対策のためのスクールロイヤー活用に関する調査研究」を提示し、初めて「スクールロイヤー」という言葉を用いました。

 私はこうした黎明期からある自治体のスクールロイヤーを担当しています。当時はスクールロイヤーを導入している自治体は全国に10を数えるほどでした。

 実は、スクールロイヤーには明確な定義はありません。日弁連は定義を設けていますが、それはあくまでも日弁連の理想とするスクールロイヤー像です。文科省も昨年12月に「教育行政に係る法務相談体制構築に向けた手引き」というのを出しているのですが、その手引きではスクールロイヤーという言葉を使わなくなり、「法務相談体制」という言葉を使うようになっています。

 私は、弁護士活動の実態にかかわらず、「顧問弁護士とは別に、弁護士資格を持つ人材として教育委員会や学校法人などと一定の継続的な関係を持っている者」をスクールロイヤーと理解しています。

――現在、どのくらいの自治体で導入されているのでしょうか。

神内:私が調べたところによると、こうした理解に基づくスクールロイヤーは、2021年4月現在で、全国ですでに70近くの自治体で導入されています。

 スクールロイヤーの多様化にも注目しています。大半のスクールロイヤーは学校の外から助言や相談を行うような、顧問弁護士とあまり変わらない活動をしていますが、最近は教育委員会や学校法人の職員として勤務するスクールロイヤーも増えています。

 また、スクールソーシャルワーカーとして勤務するスクールロイヤー、部活動指導員として勤務するスクールロイヤーなどもいます。これらのスクールロイヤーは学校の外から助言や相談をするだけでなく、教育現場に直接アクセスする機会も多いので、法律論の綺麗事では済まされない学校現場の現実に直面し、法律家としての悩みや葛藤、ジレンマ、そして弁護士としてのリスクなどを多かれ少なかれ抱えながら活動していると思います。その一方で、子どもたちや現場の先生たちに直接会えるスクールロイヤーとしての魅力や効果も感じているのではないでしょうか。

――ずいぶん急速に広がったのですね。

神内:文科省が前述の調査研究に基づいてスクールロイヤーを導入する自治体に予算補助を付けていることもあるでしょう。ただそれだけではなく、やはり教育現場だけでは解決できず、法律を用いなければならない問題が存在しているのも事実です。教育現場が保護者からのクレームに悩み、教員の負担が深刻化している実情や、不適切ないじめ対応により子どもの人権が侵害されるといったいじめ事件など、不祥事が発生している現状も関係していると考えています。

――神内さんは教師と弁護士として活動されてきました。今は教師としては、非常勤なのですね。

神内:はい、昨年度から大学の仕事が始まったので常勤で担任などをすることは厳しくなり、残念ながら非常勤になりました。担任するクラスがなくなったので「居場所」がなくなってしまい、精神的に辛く感じるときもあります。教師は生徒に支えられていることを改めて実感しました。

ただ非常勤とはいえ教師として授業や部活動はできますし、定期的に学校に勤務して生徒や先生方のサポートをすることもできるので、ある意味ではスクールロイヤーとしてバランスの取れた理想的な形態かなとも思い始めています。

――最後に。学校には様々な問題がありますが、限界以上に頑張っている先生方が大半だと思ってうかがいます。一般の私たちが学校に対してできることはなんでしょうか。

神内:実は、長い人生を考えると、学校で過ごす時間はほんのわずかです。しかし、学校生活が幸せだった子どもは、将来の人生も幸せになる可能性が高いのではないか、という研究もあります。子どもの幸せを願うのは教師も他の人たちもみんな同じはずです。自分の子どもだけでなく、すべての子どもたちが幸せな学校生活を送るためには、どんなことが必要で、どんなことが必要ではないのか。教師と一緒に考えていける社会であってほしいと願っています。

KADOKAWA カドブン
2021年08月09日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • このエントリーをはてなブックマークに追加