「ことば」に殺される前に 高橋源一郎著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「ことば」に殺される前に

『「ことば」に殺される前に』

著者
高橋 源一郎 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784309631264
発売日
2021/05/24
価格
935円(税込)

書籍情報:openBD

「ことば」に殺される前に 高橋源一郎著

[レビュアー] 武田砂鉄(フリーライター)

◆自分と社会をつなぐ力信じ

 「『ことば』によって相手を否定しようとする者は、やがて、自らの、その否定の『ことば』によって、自身が蝕(むしば)まれてゆくのである」とあるが、ひとまず自分はそうは思わない。今、目の前には、否定しなければならない人や事案が列をなしている。文句言っているだけ、それって生産的じゃない、といった議論を逸(そ)らす「ことば」がポジティブな動作として受け入れられている様子を見る。そんなの、いちいち考えなくっていいよ、という怠惰な姿勢が、いつのまにか冷静だとされる。それがとてもイヤで、そのためには、やっぱり「ことば」で強く否定しなくてはいけない。

 「社会」を問うと、当然、「大きい」ものに触れることになる。「ことば」も大きくなる。高橋は、こういうとき、「『大きい』ものに触れながら、それでも、『小さい』ことを忘れないようにしたい」と考えてきたという。簡単そうで、これが難しい。大きい言葉は酔いやすい。だから為政者は大きな言葉を連呼するし(最近だと「安全安心」「打ち勝った証し」)、それに対して、何言っているんだこの人は、とっとと辞めちまえ、と即座に返してしまう。雑な言葉に雑な言葉を返すと物事はひっくり返らない。その否定だけでは確かに蝕まれてしまう。

 この本の軸になるのは、十年ほど前に高橋がツイッターで展開した即興連続ツイート「午前0時の小説ラジオ」。「『ことば』よりも軽く、ずっと遠くまで飛ぶことのできる音楽は、ずっと憧れの対象だった」けど、それがごく初期のツイッターでは可能だった。今はもう、そういう場所ではなくなってしまった。

 「ことば」を駆使して、私たちに伝えなければいけない人たちが、私たちを説得する「ことば」を持っていない。それは不幸なことだ。政治とは何か、正しさとは何か、カンニングとは何か…様々(さまざま)な議題に対して、直進と迂回(うかい)を重ねて、目的地を探し続ける。「ことば」には、自分で考えていることと、社会で起きていることをつなぐ力がある。その当たり前の力を取り戻すための思索だ。

(河出新書・935円)

1951年生まれ。作家。『日本文学盛衰史』『さよならクリストファー・ロビン』など。

◆もう1冊 

高橋源一郎著『一億三千万人のための「論語」教室』(河出新書)

中日新聞 東京新聞
2021年8月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加