『昭和の映画絵看板 看板絵師たちのアートワーク』
- 著者
- 岡田秀則 [監修]/貴田奈津子 [企画・原案]
- 出版社
- トゥーヴァージンズ
- ジャンル
- 芸術・生活/諸芸・娯楽
- ISBN
- 9784908406621
- 発売日
- 2021/06/16
- 価格
- 2,970円(税込)
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1週間の芸術家全盛期の貴重な記録
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
子供のころ、たいていの映画館には大きな絵看板がかかっていた。切り抜いた絵や文字が重ねられた、飛び出す絵本のような。映画という非日常の時空へ誘うゲート。「映画館とはそういうもの」と思っていたが、いつの間にかシネコンとポスターが主流になって、手描きの絵看板はほとんど見かけなくなった。
本書には、かつて街を彩っていた絵看板の写真300点以上が収録されている。映画黄金時代の昭和30年代のものが中心。元になったのは、大阪・ミナミの劇場街で映画看板を制作していた工房「不二工芸」で発見された大量のネガフィルムだ。いわば仕事の記録だが、いまや映画文化を後世に伝える貴重な資料。アーカイブ化が進められているという。
工房で働いていた看板絵師たちのインタビューが読み応え抜群。小さな写真から俳優や場面を拡大する方法、作品に合った雰囲気を出すための配色の工夫、遠くから見て効果が上がる描き方。そんな看板作りのノウハウに始まって、どの俳優が描きやすかったという雑談まで、全編が刺激的。看板の出来が入場者数を左右したというから責任は重大だ。映画絵看板とは〈街ゆく人たちの視線を集めるために注ぎ込まれた、壮大かつ繊細な技芸の集積〉だったことがよく伝わってくる。
読んで初めて気付かされたことだが、絵看板には同じものはなかったらしい。映画館によって取り付けるサイズや場所が違っているので、すべて「一点もの」の特注品。しかも〈日本映画は1週間で次の映画に変わる。そのたびに看板を替えないといけなかった〉。
重要かつハードな仕事なのに、描いた絵は一切残らなかった。上映が終わったら回収した看板に白ペンキを塗り重ねて次を描く。看板絵師は「1週間の芸術家」とからかわれたりもしたという。
消えてしまった絵看板が、とても愛おしくなってくる。