誰の人生も切り捨てない「まとまらない」言葉の力
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
本来なら数時間ある映画の内容を、わずか10分ほどの動画で“要約”してしまう――先日摘発された「ファスト映画」のニュースは衝撃的だった。そこには素材の無断使用をめぐる問題はもちろん、私たちの度を越したコスパ至上主義や、安直に“わかりやすさ”を求める暴力的な心の動きが凝縮されていたからだ。
そんな世の風潮に一石を投じるエッセイ集が、いまSNSや独立系書店を中心に大きな反響を呼んでいる。その名も『まとまらない言葉を生きる』。今年五月に刊行されるや、二週間ほどで重版出来。八月には三刷が決定した。本書が掘り起こしていくのは、「短い言葉では説明しにくい言葉の力」だ。
〈いまの社会では、「短くわかりやすいフレーズ」に収まらないものは、そもそも「存在しない」と見做されてしまう〉
著者の荒井裕樹は障害者文化論を研究する日本文学者。研究活動を通じて出会った人びとの言葉を紹介しながら、差別や抑圧をはじめ、背景にある社会の様相にさまざまな角度から光を当て、人が生きるということ、それ自体の複雑さを濃やかに繙いていく。
担当編集者は、メディアを席巻する“強くて速い言葉”とは一線を画する荒井の誠実な感性に惚れ込み、本書のベースとなった連載記事を依頼。「ところが書籍化という段になって、これは一体何の本なのか、テーマもジャンルもうまく説明できなくて……。それこそ置き場所の“わかりにくい”本だったのでなかなか企画を通せなかったんです。当初は少しでもわかりやすくなるよう、三部構成に書き換えてもらう提案もしました(笑)」(担当編集者)
転換点はタイトルを思いついた時のこと。「転職先の営業から“無理にまとめなくていいのでは”と言ってもらった時に、ああそうかと。確かに強引に整えるよりも、ただ言葉が並んでいる状態がこの本らしいと思ったんです。何より、まとめなくていいという一言は、僕がずっと言ってほしかったことでもあった」(同)
口コミでは帯の文言にも注目が集まった。〈誰の人生も要約させない。あなたのも、わたしのも〉。まさに今この社会に必要な言葉だ。