『冬の派閥』
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幕末の尾張藩で勤王・佐幕の対立に苦労する藩主
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
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今回のテーマは「派閥」です
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幕末は諸藩が勤王か佐幕かで大きく割れた。ついには戊辰戦争という内戦にまで発展し、敗者は明治の世にあって憂き目を見た。
御三家の筆頭、尾張藩は当然、佐幕と思われたが京都に近いこともあって藩内には勤王の勢力も強かった。
名古屋出身の城山三郎の歴史小説『冬の派閥』は幕末の揺れる尾張藩の苦難を描いている。
藩内は勤王の金鉄組と佐幕のふいご党のふたつの派閥が対立する。
藩主の徳川慶勝は両派の間にたって苦労する。慶勝は激烈な勤王派として知られた水戸烈公こと徳川斉昭の甥。十五代将軍となる徳川慶喜はいとこになる。
さらに複雑なことに会津藩主、松平容保は実の弟。藩内の対立に加え、係累のしがらみもある。
慶勝自身は和を重んじ争いごとを好まない。「熟察」を旨とし万事に慎重。しかし、乱世にあってはそれが優柔不断になり、よかれと思ってしたことが次々に裏目に出てしまう。
朝廷に敬順するためやむなく藩内の佐幕派、ふいご党を粛清、重臣ら十四名を斬首せざるを得なくなるさまは凄惨。
さらに戊辰戦争では弟が藩主の会津藩と敵対する。御三家筆頭が討幕に加わる。
『冬の派閥』は慶勝の苦渋に満ちた選択を重厚に描いてゆく。危機や面倒を避け続けた慶喜の無責任な生き方と対照的。
しかも維新後、権力を握った薩長閥からは冷遇され、心ある藩士たちは北海道開拓に向かうしかなかった。