アジアを舞台に旅するように自由度が高いバックパッカー小説

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アジアを舞台に旅するように自由度が高いバックパッカー小説

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 この世界にはいくつものバグがあるという。そのひとつが、中央アジアにあるとされ、いつ現れいつ消えるか分からないイシュクト山。そこを目指す四組の話が絡まり合っていくのが、宮内悠介『偶然の聖地』

 アメリカ育ちの日本人青年、怜威は祖父が招いた厄介事を解決するため幼馴染とイシュクト山に旅立つ。怜威を追う刑事二人組、世の中のバグを修正する「世界医」の二人組、かつてこの地を訪れた男女もやって来る。各組の行動がテンポよく交替で描かれるのだが、時にメタフィクション的な構造になって読者を翻弄する。だが、入り組めば入り組むほど、見たこともない景色が広がって愉快痛快。

 バックパッカーだった著者ならではの経験と知識が多分に盛り込まれ、注釈では語彙の説明の他、本筋とは関係ない旅の思い出や感想も語られ、それらがまた楽しい。小説の自由度を再確認させてくれる。

 他にアジアを舞台にした作品では梓崎優『リバーサイド・チルドレン』(創元推理文庫)も文庫化された。

 カンボジアは首都プノンペンの北。ペットボトルなどのごみを拾いわずかな金に換えて暮らすストリートチルドレンの集団。日本人少年のミサキはわけあって彼らと行動を共にするようになるが、警官から逃れ、他グループと衝突を繰り返す日々のなか、仲間が次々と殺されていく。連続殺人を追うミステリだが、苛酷な現実を生きる子どもの痛みと叫びが響いてくる。

 カンボジアといえば、小川哲『ゲームの王国』(ハヤカワ文庫JA 上下巻)はこの国を舞台に、現代史を絡めたSF長篇だ。

 プノンペンで孤児として育ち、人の嘘を見抜く能力を持つソリヤと、小さな村で育ち、天才的な思考力を持つムイタック。境遇の異なるこの少女少年が出会ったのはクメール・ルージュが政権を奪取した1975年。互いの聡明さを認め合った二人だが、その後の社会情勢の激変のなか、それぞれの道を歩んでいく。“ゲーム”をキーワードに、社会変革に挑む人々の姿が圧倒的な熱量で描かれる怪作である。

新潮社 週刊新潮
2021年10月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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