体を熱くしてしまうめくるめく展開 そして翻弄される快感

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体を熱くしてしまうめくるめく展開 そして翻弄される快感

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 中山可穂の小説は一気読みできない。もどかしさが熱を孕んで押し寄せるから、時々休んで息を整えなければ先へ進めない。中編、短編集、長編の順に三作をご紹介しますが、手に取るときはどうぞ心の準備を。

 まず、先頃復刊された『白い薔薇の淵まで』。著者の知名度を一気に高めた、二〇〇一年の山本周五郎賞受賞作だ。語り手は会社員のとく子。彼女は、深夜の書店で出会った年下の新進作家・山野辺塁と恋に落ちる。

〈気がついたら世界一わがままな女に、身も心も溺れきっていた〉

 エキセントリックで甘え上手。嘘つきで気まぐれ。そんな塁にふりまわされるとく子は、恋人としての役目をまっとうしようとして疲れ果てる。互いを愛おしむというより、貪り、奪い合うようなセックスを自らが求めてしまうことに絶望する。繰り返される諍いと仲直りの末にとく子が選んだのは、元恋人でもある男友達と結婚することだった。

 結婚後のとく子にふりかかる出来事、塁が抱えてきた秘密。山場をいくつも作りつつ細部も決しておろそかにしない姿勢に、中山可穂という作家の矜持と魅力が詰まっている。ラスト近くのめくるめく展開に体を熱くしてしまうのはわたしだけではないだろう。

 五つの短編を収めた『サイゴン・タンゴ・カフェ』(角川文庫)は、アルゼンチンタンゴに魂を預け、思い通りに行かない人生を生き延びている人々の物語。孤独な老女が主人公の表題作は、愛する人にそばにいて欲しいと希求することの残酷さを描き出して強烈な印象を残す。ブエノスアイレスの港町ボカが舞台のおとぎ話「ドブレAの悲しみ」を読むと、たまらなくアストル・ピアソラが聴きたくなる。

 タンゴ愛好家の腕利きの殺し屋に家族を惨殺された少女の復讐譚『ゼロ・アワー』(徳間文庫)は、容赦のない怒涛の展開に翻弄される快感が味わえる一作。ひとつ仕事を終えるたび、決まった店のロールケーキを並んでまで買って食べる殺し屋のキャラクター設定など、血なまぐささの中に顔を覗かせる人間臭い要素がユニークだ。

新潮社 週刊新潮
2021年11月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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