貧困と暴力、犯罪の過去 人気芸人が書きたかった自伝的小説

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

むき出し

『むき出し』

著者
兼近, 大樹, 1991-
出版社
文藝春秋
ISBN
9784163914510
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

貧困と暴力、犯罪の過去 人気芸人が書きたかった自伝的小説

[レビュアー] 吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター)

 帯も含めて一切そうは書かれていないんだが、これはEXIT兼近大樹の自伝的小説。チャラい売れっ子若手芸人・entranceの石山大樹が「充実を極めてはいるが、喜びと苦しさの反復横跳びを繰り返し、感情が息切れしている」頃、週刊誌に直撃されるところから物語は始まる。

 要は、兼近がデビュー前に売春防止法違反で逮捕されたり、窃盗事件に関与したりした過去を、小説という形で振り返っているわけなのだ。

 洒落にならない貧困と暴力。そんな家庭環境で培った常識は集団生活との相性が悪くて、気がつくと学校でも浮き上がり、数少ない理解者はいわゆる不良だけ。「お前にピッタリな仕事」として、中学卒業後に無申請のデートクラブ(未成年も所属)の送迎の仕事を紹介されるのも、そのせいで逮捕されるのも自然な流れだった。そして、そこで出会った男に「外出たら一緒にBARやらないか」と誘われ、ハメられて窃盗事件に巻き込まれるのも自然な流れ。そんな負の連鎖を断ち切ったのは、留置所に恋人が差し入れした本だった。

「まさかジープでくるとは。カキフライがないならこなかった。だいにとしょけい?」

 又吉直樹とせきしろの自由律俳句の本と、又吉のエッセイ『第2図書係補佐』を、ほぼ小卒の彼が、同房の中年男に漢字を教わりながら読むことで世界が広がり、やがて悪い仲間と縁を切り、芸人になり、そしていま本を出して又吉が帯を書くに至る。

「売れたら本を書いたりなんかして、誰かが檻の中で俺の本を読んでくれたりしてさ、一人じゃないよって、一緒だぜって、同じ階層に連れ出す階段になれたらいいよなぁ」

「(週刊誌に直撃されて)やっときてくれましたね」「俺の過去ですよね? もう色々あり過ぎてどの件なのか、わからないですけど」と書くぐらい、ずっと言いたかった話を、ようやく誤解されない尺で明かすことができたわけなのである。

新潮社 週刊新潮
2021年12月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク