恋人が中国の工作員だった!? 一般人にも「すぐそこにある危機」

レビュー

4
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ビタートラップ

『ビタートラップ』

著者
月村 了衛 [著]
出版社
実業之日本社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784408537962
発売日
2021/10/29
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

恋人が中国の工作員だった!? 一般人にも「すぐそこにある危機」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

“月村了衛史上もっともほろ苦く、心に沁みる……”というふれこみのサスペンス小説である。

 主人公の並木承平は、農林水産省のノンキャリア公務員。行きつけの中華料理店「湖水飯店」でアルバイトをしている中国人留学生・慧琳とねんごろな関係になって悦に入っていたが、彼女から、自分は中国のハニートラップだと告白されて愕然とする。

 農林水産省でも下っ端の自分が何故そんな誘惑を受けねばならないのか――並木には訳が分からない。「事実にせよ妄想にせよ、下手な勘繰りを招くことだけはなんとしても避けたい。職場の噂話はあっという間に広まる。自分がこの先ずっと――最悪定年まで――嘲笑の対象になるなど考えたくもなかった」と、並木の狼狽が記されている箇所を読むと、「ほろ苦く、心に沁みる」というよりは、不条理なブラックユーモア小説めいて見えてくる。

 ところが、ハニートラップを仕掛けられた理由が、上司から預かった中国語の原稿にあり、その執筆者が変死を遂げていると知らされると、そんなのん気なことはいっていられなくなる。

 果たして二人の周囲には警視庁公安部の山田や中国の国家安全部から派遣された鄭といった人物が暗躍しはじめ、事態は俄然キナ臭くなってくる――。

 そこに慧琳が相談に乗ってもらっているという“第三の女”宋佳が現れるが、そもそも彼女は敵なのか味方なのか。

 折りしも慧琳が妊娠したことにより、彼女との真実の愛に目ざめた並木は、イチかバチかの大勝負に出るのだが、その結末やいかに。

 物語は、一見、ハッピーエンドに終わるかに見えるが、何しろこの作品に盛り込まれているのは、“月村了衛史上もっともほろ苦”い設定のはずなので、最後の最後まで気が抜けないのである。

新潮社 週刊新潮
2021年12月16日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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