法廷調書 永山則夫著

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法廷調書

『法廷調書』

著者
永山則夫 [著]
出版社
月曜社
ISBN
9784865031232
発売日
2021/11/18
価格
2,750円(税込)

書籍情報:openBD

法廷調書 永山則夫著

[レビュアー] 細見和之(京都大教授)

◆永山の貴重な証言 謎なお深く

 永山則夫は謎に満ちている。十九歳で四件の射殺事件を起こし、獄中で猛勉強して、獄中ノート『無知の涙』がベストセラーを記録。八〇年代には小説の執筆を開始し、一九九七年に四十八歳で死刑執行された。死後に膨大な未刊小説『華』四巻が出版される。

 本書は、一九八六年十一月から十二月にかけて、第十六回、第十七回、第十八回の公判で、弁護士・遠藤誠の問いに永山が長時間にわたって答えた供述の記録である。

 第十六回公判では永山の難解な思想が、第十七回公判では永山の極貧と呼ぶべき生い立ちが、第十八回公判では射殺事件そのものの詳細が語られている。いずれも裁判のなかで永山本人が語った証言としてじつに貴重なものだ。

 この時点で永山の裁判は、一審の死刑判決が二審で無期懲役に減軽され、最高裁が二審判決を差し戻すという、異例の経過をたどっていた。とはいえ、永山は差し戻し判決を受けた際、意気軒昂(けんこう)としていたようだ。これで書きかけの「大論理学ノート」に没頭できると、むしろうれしくさえ感じていたと、第十六回公判の冒頭で彼は語っているのだ。

 同時に、この時点で永山が小説「捨て子ごっこ」を執筆しているさなかだったことも見落とせない。永山が他の兄弟姉妹とともに五歳で網走に置き去りにされた体験を綴(つづ)った、彼の小説のなかでももっとも優れたものだ。母への思い、兄弟姉妹への思いがあふれている。しかし、第十七回公判での語りは作品の基調と必ずしもつながっていない。

 第十八回公判での語りはまるで悪夢のなかをただよう感覚に満ちている。海外への渡航未遂、自死の企て、周囲の悪意から職場を転々として、ついに射殺事件を起こすにいたる。さらに、永山が権力犯罪として語り続けていた「静岡事件」……。四件の射殺事件を起こしたあと、静岡市にいた永山を警察がわざと取り逃がし、もっと大きな事件を起こさせるために泳がせていた、というのである。

 いずれもやはり謎だ。私たちはこの謎を深く問い続ける必要がある。

(月曜社・2750円)

1949年生まれ。連続射殺事件で69年逮捕。文筆でも注目され、『木橋』で新日本文学賞。

◆もう1冊

永山則夫著『無知の涙 増補新版』(河出文庫)

中日新聞 東京新聞
2021年12月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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