警察小説アンソロジー『警官の道』刊行記念特別対談 呉勝浩×下村敦史

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

警官の道

『警官の道』

著者
呉 勝浩 [著]/下村 敦史 [著]/長浦 京 [著]/中山 七里 [著]/葉真中 顕 [著]/深町 秋生 [著]/柚月裕子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041120767
発売日
2021/12/20
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

警察小説アンソロジー『警官の道』刊行記念特別対談 呉勝浩×下村敦史

[文] カドブン

■豪華警察小説アンソロジー『警官の道』刊行記念特別対談

次世代ミステリー作家たちが揃い踏みの豪華警察小説アンソロジー『警官の道』。すべて書き下ろしの警察小説短編が7編収録された本書の執筆者は、呉勝浩、下村敦史、長浦京、中山七里、葉真中顕、深町秋生、柚月裕子。執筆陣を代表して、呉勝浩と下村敦史に本アンソロジーや警察小説の魅力、創作姿勢について、たっぷり語り合ってもらった。

左:下村敦史/右:呉勝浩
左:下村敦史/右:呉勝浩

■浮かび上がった現代的なテーマ

――本書は書き下ろしのアンソロジーですので、競作ということになりますが、意気込みや気負いはありましたか。

呉:デビューから二年目くらいに、日本推理作家協会編の警察小説アンソロジーに参加させてもらったことがあります。今野敏先生や薬丸岳さん、柚月裕子さんも参加してました。その後も協会編の三億円事件のアンソロジーがあって、この時は下村さんも一緒でした。基本的に先輩方の名前で自分の作品も読んでいただけるので、気負いもないし、かえってこういう機会でなければ書けない作品をと、個人的に楽しく参加させていただきました。

下村:言いたいことを全部言われてしまいました。僕も本当にその通りで、他の方を意識したことはありません。

呉:デビュー間もないころに、こういうお話をいただくと嬉しいです。発表できるだけでチャンスと思うし、名の通った方が連なってくれるので、ありがたいとしか言いようがないです。自分の作品を一番いいものにとか密かに思ったりもしますが、先輩たちがいるので安心して書けるなと思ってました。

――お二人とも多彩な作風ですが、警察小説というジャンルについてはどのように考えているのでしょうか。

下村:大沢在昌さんの新宿鮫シリーズや、今野敏さんの隠蔽捜査シリーズ、横山秀夫さんの警察小説が好きでずっと読んできました。書きたいとは思ってましたが、人気ジャンルで作品数も多い中、どれくらい差別化できるかを考えると、手を出しにくいところがありました。デビュー二作目は『叛徒』という通訳捜査官を主人公にした、少し変わり種の警察小説でした。今回のように、真っ正面から警察を扱うのは初めてかも。

呉:僕もほとんど同じです。新宿鮫シリーズは自分の人生の中で大切な時期に読みました。中学生になるかならないかの頃です。ハードボイルド的なものに興味を持つきっかけになった、自分のベースにある作品の一つです。デビューするちょっと前はメフィスト賞狙いで、トリッキーな作品を多く書いてました。しかし横山秀夫さんの『64』を読んで、こういう地に足の着いた小説でもこんなに面白く書けるんだと、僕なりにカルチャーショックを受けて、それから作風を変えたんです。それ以降は最終選考に残ったりしてデビューに至ったので、感謝している作品でもあります。警察小説は読むのも好きですし、それっぽい作品も書いてます。ただ今回に関しては逆に、まったく警察小説っぽくないものをと、いやそれほど思ってなかったけど、結果的にそうなってしまいました。自分なりに味が出せたのではという気はしてます。

――一番異色で、最後はシュールでしたね。

呉:そうなんです。結論があるのかないのかよくわからないって感じなんですが、二〇二〇年十一月あたりの、自分なりのコロナ禍の心象風景を警察小説というフォーマットで書いておきたいという意識がありました。今回の作品のモルオくんは初登場のキャラクターです。

下村:僕のキャラクターは、少し前に小学館から出した『アルテミスの涙』に登場した刑事コンビを起用しました。

――中山七里さんはずっと長く続けているシリーズの刑事で、柚月さんはある作品にちらっと出てくる刑事を使ったりと、その登場人物が読者サービスになったり、その世界観とつながっていたり、そういう遊びの部分もアンソロジーならではの楽しみですね。

呉:僕も全部の作品を拝読しました。最初、もしかしたら編集者さんから、各作家にお題のようなものが出されたのかなと言うくらい、皆さんまったく違う現代的なテーマを、被ることなく選んでいることにびっくりしました。葉真中さんはタイトルにあるように国民の格差をモチーフに。中山さんはオリンピック、僕がコロナウイルスで、深町さんが性的指向、下村さんがジェンダーと表現の問題だったりと。長浦さんは大アクションですが、在日外国人やグローバル化の問題が感じられます。柚月さんは恵まれているとはいえない家庭環境下に育った若者がどう身を立てていくかという普遍的なテーマでした。各作品のバランスがすごく取れていました。

――お題は全くなかったそうです。あんまり制約すると、意識しすぎて外し過ぎるおそれがあったので、広く警察小説という縛りだけだったと。

■警察小説の書き方

――ところで警察小説というと、刑事が活躍する小説と、警察組織を描く小説という二つの流れがあると思いますが、警察官個人を反映した作品が多かった気がしますが。

呉:葉真中さんはわりと組織に触れた感じでした。中山さんも若干。すでに今野さんや横山さんの小説を結構読んでしまっているので、いまさら警察組織を際立たせてもなあ、という思いは意識下にあるかもしれないですね。

――お二人は組織と個人の対立がテーマになるような警察小説をお書きになる予定はありますか。

呉:実は来年の春くらいに出る予定のものは、いちおう警察小説の範疇に入る作品です。取調室がメインになるんですが、作品の時期をいつにするかが難しい。コロナ以降になると取調室でもマスクをしないといけないじゃないですか。虚構性の高い話なので、年代は静かに伏せて、マスクとかコロナとか無関係な世界観で書こうかと思ってます。

下村:僕は『刑事の慟哭』で組織の中の個人を書ききったつもりですし、自分なりに書きたいことは書いちゃったので、当分予定はないです。どちらかというとキャラクターの方に目が向くので。『叛徒』の主人公を追いつめる田丸という変わり種の刑事を出したら好感度が高くて。それで『刑事の慟哭』で田丸を主人公にして、彼がそうなったきっかけの事件を書いたら今度は田丸が嫌われて。曲者を書いている方が面白いんですが、好感度という問題があって、読者の共感を得るのが難しいんですね。

呉:下村さんは仕掛けや舞台から物語の発想をしているのかと思っていたのですが。

下村:完全にアイデアから入って、この物語を語るのに一番魅力的な役割を見つけていこうという感じで組み立てます。それが刑事になることもありますが、だいたい当事者が多いです。

呉:語弊を顧みずに言いますと、刑事を主人公にすると楽じゃないですか。捜査の権限と能力を持っている。事件とか仕掛けから入る書き方にとっては、警察小説ってやりやすいのかと勝手に思ってました。そうでもないのかな。

下村:確かに力もあり、情報も集まる便利なファクターなんですが、サスペンスや危機感を作るのが難しいと思うんです。刑事って傍観者みたいな立場になりがちで、当事者を主人公にするより、事件との距離ができちゃって、当事者と比べて切実さが違うような気がします。横山秀夫さんが『ミステリーの書き方』(日本推理作家協会編著)の中で、その主人公にとって、最も起きてほしくない出来事を起こす、というようなことを仰ってました。すごく素晴らしいことだなと思いまして、それを反映させたのが『叛徒』でした。主人公にとって起こって欲しくない展開にして、当事者性を出したんです。それを刑事で書くのは難しいと思っていたので、深町さんの作品は当事者性もあってうまいなと思いました。

呉:深町作品は短い中で、この刑事が生きているという感じがすごく出ていて、素晴らしい作品だと思います。僕は短編は得意でないので、書く時にどこをストロングポイントにすればいいのか、いつも悩みます。ほとんどコツをつかめてないと思います。

下村:短編は短い分、どこに力点を置くか、すごく大事ですね。

――下村さんは当事者性を重視していますが、そういう書き方の方が意欲が湧くタイプなんでしょうか。

下村:僕の場合はアマチュアとして新人賞に応募している時期が長かったので、何百という応募作がある中で、今までにない何かを見せて、目立たせなければ上の段階に進めないという意識がありました。主人公が傍観者だと抜け出すのが難しいと思っていたので、当事者を主人公に書くことが多くなりました。

呉:僕は過去に起きたことを振り返るスタイルの作品が多いんですよね。『スワン』も『おれたちの歌をうたえ』もそうですが、すでに起こった事件を、後から振り返って検証するスタイルがわりと好きなようです。僕の場合、当事者から半歩くらい下がった第三者の視点の取り方が書きやすい。視点人物が直接酷い暴力を受けたりする作品ってあまりないんです。当事者となって本当に絶望したり、虐げられたりする作品はあまり書いてない。ちょっと距離がある。ある意味、それは弱点なのかなという気はしてます。そういうスタイルを試みるか否かは別にして、真剣に検討すべき事案ではあります。

――皆さんの個性が出たアンソロジーになったので、これをきっかけに各作家のファンが相互に入れ替わって読んでいただけると嬉しいですね。本書のことだけでなく、お二人の創作姿勢まで伺えた、有益な対談になったことは喜ばしい限りです。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

■作品紹介・あらすじ

警察小説アンソロジー『警官の道』刊行記念特別対談 呉勝浩×下村敦史
警察小説アンソロジー『警官の道』刊行記念特別対談 呉勝浩×下村敦史

警官の道
著者 呉 勝浩
著者 下村 敦史
著者 長浦 京
著者 中山 七里
著者 葉真中 顕
著者 深町 秋生
著者 柚月裕子
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2021年12月20日

警官で生きるとは? 豪華警察小説アンソロジー
「組織で生きる者の矜恃」
オール書き下ろし新作
次世代ミステリー作家たちの警察小説アンソロジー
「孤狼の血」スピンオフ、「刑事犬養」シリーズ新作収録
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322108000255/

KADOKAWA カドブン
2021年12月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク