小泉今日子×高崎卓馬・対談 私と彼らのあの頃

対談・鼎談

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黄色いマンション 黒い猫

『黄色いマンション 黒い猫』

著者
小泉 今日子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784101034218
発売日
2021/11/27
価格
572円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小泉今日子×高崎卓馬・対談 私と彼らのあの頃

[文] 新潮社

あの頃の私にもあった普通の日常

高崎 高階のように、登場人物の設定は僕が考えたことも多いのですが、小泉さん自身のことに関しては基本的に事実に基づいて書きました。だから小説を書く上で、小泉さんが「原宿百景」に綴る文章が、僕にとってとても重要な資料となったんです。ある意味、参考文献のような感じ(笑)。「小泉さんはあのことを書いている、けれど当時のファンは知らなかったことなのだから小説に書いてはいけないんだ」「あの日のコンサートで元気がないように見えたのは、エッセイに綴られているこの出来事があったからかもしれないぞ」というように、自分の原稿と小泉さんの文章を照らし合わせながら書き進めました。

小泉 へー、そうだったんだ! 答え合わせをするようで面白いね。小説の中で、各章のところどころに当時の歌番組「ザ・ベストテン」のランキングを載せているでしょう。話が進むごとに、小泉今日子の曲の順位が上がっていく。親衛隊にとってそれは喜ばしいことなのだけれど、人気が高まれば高まるほど私との距離が広がってしまう。あのランキングを載せることで、そのさみしさのようなものがすごくよく表されていたと思う。言葉で説明をするよりも伝わってくるよね。

高崎 あのランキングは、調べて書くのがすごく楽しかったです。子どもの頃、好きなアイドルが唄うのを見るために、聴きたくもない演歌を聴いて待たなければいけない時間を思い出したりして(笑)。

小泉 あったね、そんなこと(笑)。私はあの頃、曲が売れるとともにどんどん人気が出てしまって、追いかけてくるファンたちから逃げなければならなくなった。それは私がエッセイに書いた、家がバレるたびに引っ越していた頃や原宿のピテカントロプス・エレクトスというクラブのようなところで、アイドルではなく普通の十代の子として遊んでいた時期と重なるの。だからさっきも言ったけれど、私と高崎君の本、両方を読むことで、当時の小泉今日子が立体的に見えてきて、一人の人間の表と裏を見るようなんだよね。

高崎 小泉今日子という一人の人に、二つの時間があるように感じますよね。

小泉 ステージで唄う私の向こうには、何千人というファンの子たちがいて、彼らには彼らの生活がある。同じように、ステージを降りると私にだって普通の日常があった。確かに私はアイドルとして、他の人とは違う日々を過ごしていたけれど、『黄色いマンション 黒い猫』には誰にでもあるような「私」の思い出を大切に綴ったんです。

高崎 生まれ育った場所も青春時代を過ごした環境も全く違うのに、小泉さんのエッセイを読むと不思議と共感できる部分が多いんですよね。ページをめくっていて、突然、自分の記憶が鮮明によみがえることもありました。子どもの頃に学校の教室でシバタさんという女の子を泣かせてしまったことを思い出して、ごめんね……と泣きそうになってしまったり。小泉さんの文章に押されて、頭の奥に眠っていた記憶と感情が不意にワッと湧き出てくることがあるんです。

小泉 前号で対談をした、本木雅弘君も同じようなことを言ってた。僕の十歳下の妻も泣きながら読んでいた、世代に関係なく誰にとっても自分のこととして読める本なのではないか、と。

高崎 アイドルであり、誰もが知る有名な人が書いた本なのに、皆が共感できる。不思議な本ですよね。

小泉 私にとっては、“原宿”というテーマがあるのはとても幸せなことで、それを軸にいろいろな書き方を試しながら自由に書くことができたの。結果的に読者にとっても、その柔軟な文体が読みやすかったのかもしれないね。きっともっと若い頃、十代や二十代ではこんな風には書けなかったと思う。二十年、三十年と時間を経たから、文章にすることができたんじゃないかな。

高崎 時間を置いたからこそ書けることってありますよね。

小泉 エッセイに昔の思い出を綴る時、過去にいる向こう側の私の姿を、現在にいるこちら側の私が見ながら書いているような感覚があるの。話の中に今の私が入ってしまわないように、距離感を保ちながら客観的な視点で書きたいと思っていて。特に「原宿百景」のエッセイは、時間軸も年齢もわざとぐちゃぐちゃにして書いたんだよね。十七歳の私になって書いてみたり、連載時の実年齢である四十代の私のままで書いてみたり。

高崎 十代の少女になって自分のことを綴る、四十代の小泉さん。その距離感が面白いですね。

新潮社 波
2022年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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