『動機』
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警察手帳が紛失 内部の事件を描く横山秀夫の真骨頂
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「手帳」です
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日本の警察小説は、「横山秀夫以前」と「横山秀夫以降」にわかれる。「松本清張以前」と「松本清張以降」という区分もあるが、それは別の話だ。
では、「横山秀夫以前」と「横山秀夫以降」の分岐点とは何か。それは、捜査畑の人間が主役にならない警察小説を、横山秀夫が生み出したということだ。では、横山秀夫の警察小説の主役は誰なのか。
第一作品集『陰の季節』を見ればいい。舞台はすべて警務部である。たとえば、警務課の二渡は人事の素案づくりが仕事であり、秘書課の柘植は議会対策を職務としている。つまり、捜査畑の人間に代わって横山秀夫の警察で主役となるのは管理畑の人間なのである。
これが驚くほど新鮮であった。私たちの知らないドラマが次々に現出したからだ。事件は起きるが、それは外部ではなく、いつも警察内部に起きる。それが表に出る前に、なんとか内部で処理しなければならない。犯人を探し出したところで彼らの仕事は終わらない。みんなが納得する落としどころを考えなければならない。だから真犯人の心理にとことん迫っていく。管理部門小説は、主人公の職務上の要請からそういう心理ミステリーの側面を持つ。金庫に保管していた三十冊の警察手帳はなぜ紛失したのかという謎をめぐる第二作品集『動機』の表題作が好例。その後は横山秀夫の小説にも捜査畑の人間が登場するようになったが、あの衝撃的な登場は記憶に値する。