『かれが最後に書いた本』
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84歳の読書人が記す読書家のための読書エッセイ
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
1970年代に青春を過ごした者にとって、津野海太郎は恩人である。日本では未開拓だったサブカルチャーの本を、編集者として世に送り出してくれたからだ。当時、『ワンダー植草・甚一ランド』で植草甚一と出会い、『アメリカの鱒釣り』でリチャード・ブローティガンを知った若者は多い。
そして半世紀を経た現在も、自分の年齢を意識するようになった本好きたちは、津野を敬愛すべき先駆者として頼りにしている。2015年の『百歳までの読書術』では、老年の本選びや図書館活用法など豊富な知識と経験からくるヒントを、ユーモアと苦味を交えた口調で語っていた。
また80歳となった18年の『最後の読書』では、自らを「落ち目の読書人」などと言いつつ少年時代の読書を回想し、蔵書の減量に挑み、晩年の鶴見俊輔や小説家・山田稔などを思う日々を綴って、読売文学賞を受賞した。
本書は前作の続編ともいえる読書エッセイ集。特色は書名が象徴するように、何人もの物故者が登場することだ。それも著者という記号ではなく、津野が知る生身の人間として記されている。たとえば、橋本治の著作が示す「物を知らない人間に対するやさしさ」が、説明衝動と勉強衝動の二つに支えられていたことが分かってくる。
また『ヒトラーの時代』の中の間違いを、残り時間と闘いながら訂正していった、池内紀の心中を想像する。さらに多田富雄が発病後に社会性の強い文章を書くようになった理由を、『寡黙なる巨人』などを再読して探っていく。
津野は今年84歳になった。だが、本に対するスタンスは基本的に変わっていない。自分が生きてきた軌跡と体験を踏まえて、より自由に読んでいる。「つまり読書とはとことん個人的な行為だ」とあらためて教えてくれるのだ。