「俺はもうこりごりです…」幽霊文字を小説のネタにした詠坂雄二が語った執筆の経緯

エッセイ

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5A73

『5A73』

著者
詠坂雄二 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334914745
発売日
2022/07/21
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【暃】ユーレイ文字をつかってみた!【なにこれ?】『5A73』著者新刊エッセイ 詠坂雄二

[レビュアー] 詠坂雄二(作家)

 幽霊文字の存在を知ったのは二十年くらい前、新聞のコラムでだったと思います。今、判明した経緯から察するに、そのずっと以前から「ねーんじゃねーかこんな字はよー」と問題視されていた文字たちについて、専門家による検証が済み、ひととおり結論が出揃ったあと、人口に膾炙(かいしゃ)しはじめたタイミングだったようです。

 音や意味が不明な文字――ならたくさんあります。文字の歴史ではそれらの失伝は珍しくありません(たまたまそうならなかった文字を使ってるだけ、とさえ言えます)。しかし音や意味が最初からなかった文字となると稀。そういう文字は、作られる理由がそもそもないことになるからです。

 規格化という合理的行いが生んだ幽霊文字を、当時俺は面白く感じたはずです。デビュー前で気力があったころですから、小説のネタにしようとも考えたでしょう。

 でも書いた記憶はありません。

 小説に落とし込むアイデアを思いつかなかったのか、書きはしたものの面白くならなかったのか。

 覚えてるのは、文字をいちばん上手く使えるのは文芸だという自負と、しかし音がない以上短歌や俳句での扱いは難しい。あるとしたら小説だという確信です。きっと、いずれ誰か書くと考え、読者として読むことを楽しみにしようと問題をすり替え、忘れたんでしょう。

 けれど、「幽霊文字の小説あれどうよ?」なんて問いを口にすることなく時は流れました。たまに幽霊文字に言及した文章や、固有名詞での使用を見かけることはありましたが、がっつり取り組んだ小説は読めずじまい。

 そうなった理由が、今ならよく判ります。

 幽霊文字は、今回使った暃(やつ)以外にもいくつかあります。俺はもうこりごりですが、剛の者がどう料理するかには興味が残ります。志あるかたは使ってみてください。

光文社 小説宝石
2022年8・9月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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