菊池亜希子が語る、仕事に育児に忙しい毎日を受け入れられるようになったきっかけ

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あっちこっち食器棚めぐり

『あっちこっち食器棚めぐり』

著者
伊藤 まさこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784103138754
発売日
2022/06/30
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「器も食器棚も家も、変化してゆくことを楽しめばいいんだ。」女優の菊池亜希子さんが『あっちこっち食器棚めぐり』を読んで

[レビュアー] 菊池亜希子(女優・モデル)


菊池亜希子さん

モデル・女優として活動する菊池亜希子さん。

雑誌「マッシュ」を発行するなど、独自の世界観が多くの女性から支持される菊池さんだが、意外にも今の生活を不本意に思っていたことを明かした。

そんな彼女が、40歳を目前に、変化を受け入れ、“いま”をもっと楽しもう、という心持ちになった一冊に寄せた書評を紹介する。

その一冊はスタイリスト・伊藤まさこさんが、料理家やデザイナー、フローリストなど17組の食器棚を紹介した『あっちこっち食器棚めぐり』。

菊池さんは、何を思い、どんなことに共感したのか?

 ***


[1]引き戸の戸袋を活用した、お盆収納。デザイナー橋本靖代さんのアイディア。

 まず感じたのは、まさこさん目線で語られる台所や食器棚の様子がすごくリアル! ということ。普通の取材ではうかがえないような、持ち主の方の人柄や飾らない生活の感じがありありと伝わってくるんです。この本に登場する17組のうち、私も何組かのおうちには伺ったことがあるのですが、「あ、ここの引き出しは開けたことがないぞ!」なんて、まさこさんの目の付けどころに驚くページもあったり。

 どのおうちの食器棚も、既製品や新品はあまりなくて、目を引かれたのは、DIYが施されたディテール。たとえばバスルームとキッチンの間の戸袋部分に細い棚をつくって、お盆を収納したり[1]、日本家屋の床の間に、ぴったりサイズの水屋箪笥を見つけて置いたり[2]、造りつけのオープン棚があったところに、籐の扉だけ追加して、開閉式の棚に改装したり[3]。もともとあるものを活かしつつ、ちょっと手を加えて、新たな価値を生み出していく――建築でいうとコンヴァージョンという言葉にあたるのでしょうか。でもみなさん、改装するぞ! なんて気負った感じはなく、もっと軽やかなんです。生活の変化に即して、小さな工夫を積み重ねていった結果、その方なりの心地よい食器棚や台所ができあがったんでしょうね。


[2]床の間にぴったりと収まる水屋箪笥。編集者の一田憲子さんが、探しに探して見つけた。

 印象的だったのは、アパレル会社オーナーの吉川修一さんが語っていた「終の住処という考えがあまりない」という言葉。私はもうすぐ40になるのですが、30代の10年間は、結婚して、子供を産んで、と生活が大きく変化したこともあり、ものを買うときは、つねに「これは一生ものか?」というプレッシャーを感じていたんです。だから買いものも若いときに比べると慎重になって、結局食器棚も買わないままだし(いまは台所に備え付けの棚に収納しています)、家もこれからどうしよう? というところ。加えて、子育て真っ只中で、食卓をていねいに彩る余裕はあまりないし、器も割れにくくて丈夫とか、洗いやすいとか、そういう視点で選んでばかりで、我ながらそんな生活を少し残念に感じていました。でも、まさこさん目線で語られる、17組それぞれの“人生と食器棚”を読むと、みなさん、引っ越したり、同居を始めたり、好みが変わったり、器や食器棚もさまざまな変遷を経た上での“いま”なんだな、と妙に腑に落ちたんです。タイミングがきたら、人に譲ったり、リサイクルに出したりして、そうするとまた新しい自分の好みができて、新しく好きになったものが集まってくる。そんな“循環”のある、ものとの付きあい方を知ると、ものも自分の気持ちも、変化してゆくことをもっと素直に受け入れて、“いま”をもっと楽しもう、そんな心持ちになりました。


[3]オーダーメイドの籐の扉がとりつけられた食器棚は、デザイナー岸山沙代子さんのもの。

 そうそう、以前、娘とまさこさんのお宅にお邪魔して、手料理をご馳走になったことがあるんです。どの料理もオシャレで、本当においしかった。でもいい意味で凝った感じが全然なくて、手際よく次々と出してくださる。この本で、まさこさんがそれぞれのおうちでふるまう料理もまさにそんな感じ。レシピをみれば、材料も手順もごくシンプルなのに、器の力もあいまってすごく魅力的な一皿になっている。まだ食べムラのあった娘も、その時は大人と一緒によろこんで食べていて、あ、こうすればいいんだ! って、目からウロコでした。

 この本では、料理をつくる人(まさこさん)と、器を選ぶ人(そのおうちの方であることが多い)が別というのも、セッションみたいでおもしろいですよね。自分でつくって盛りつけても、想像の範囲内だけれど、たまに遊びに来た友達が盛りつけをしてくれたりすると、このお皿をこう使うんだ! なんて驚きがある。台所はリフレッシュされるし、棚の奥で眠っていた器は息を吹き返すし、これはいいアイディアだなって。


真っ赤なボルシチを、黄色いスープボウルに。きゅうりと梨のサラダは、飛び鉋の大皿に。

 それにしても、みなさん、すごい量の器を持っていらっしゃる。私も多い方かなと思っていたのですが、いやあ全然まだまだ。「私は器をもっと持っていいんだ」って思い直しました(笑)。もちろん、まさこさんが書いているように、どの方も選び方に一本筋が通っているから、棚にたくさん詰まっていても、心地良いんですけれどね。

 まさこさんには、いつか器と食材のお買い物ツアーに連れて行ってほしいですね。まさこさんのお買い物は、量もすごそうだし、決断も早そうで、そんな姿から“いま”の楽しみ方を教えてもらえたら、なんて思っています。私とは選ぶものが全然違うだろうから、それもまた楽しみで。

 でもその前に、まずは棚に入っている器を全部出して見直すことからスタートでしょうか。台所や食器棚をつくるのに正解はないし、何より大事なのは、自分自身の生活をしっかり見つめてゆくことですからね。[談]

新潮社 芸術新潮
2022年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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