遺稿に残る南米の理想郷 なぜ立花隆は立ち止まったのか

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インディオの聖像

『インディオの聖像』

著者
立花 隆 [著]/佐々木 芳郎 [写真]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163915470
発売日
2022/05/27
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

遺稿に残る南米の理想郷 なぜ立花隆は立ち止まったのか

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 かつて南米の密林のなかに理想的な〈神の国〉があった。イエズス会の教化をうけたインディオ、グアラニ族が建設したものだ。

 コロンブスの探検以降、南米の先住民社会は征服者たちによる暴力と、そして感染症の猛威で徹底的に破壊された。その大虐殺の地に清貧を旨とするイエズス会の宣教師が下り立ち、石器時代の生活を送るグアラニ族に信仰を教える。伝道村はヨーロッパ社会も羨むユートピアとなり、十七世紀初頭から百五十年間輝きを放ったという。

 その伝道村を約三十五年前に訪れたのが、書き手として脂ののりきった立花隆だった。遺跡にのこる聖像群の芸術性に息をのんだ立花は、これを一冊の本にまとめようと考える。だが初校段階で手が止まった。本書は氏の未完成原稿なのだ。

 読み進めるうちに彼が出版を躊躇った理由が何となく透けてくる。

 人類史でも類例のない残虐が展開された南米。伝道村はそこに顕現した理想郷であり、人間の本性の善と悪が体現しているかのようだ。それだけではない。村をつくったグアラニ族は彼岸意識が強く、完全なる理想郷をもとめて遊動する民だった。そこに宣教師が伝えたキリストの言説がうまくはまり込む。つまり未開の側からと文明の側からの思想の光線が交錯する地点に成立したのが伝道村なのであり、その意味で全人類的な普遍的世界観が現実化した存在なのだ。憶測するに、伝道村がかかえるものがあまりに巨大で深遠なため、立花はより深い取材と思考が必要と考えたのではないか。

 とはいえエッセンスは伝わる。残酷と慈悲が同居するキリスト教。ついには共産主義社会として実現し、崩壊したコミューンの理想。現在のグローバルサウスにつながる資本主義の収奪の問題。これら人類がかかえる光と闇のすべてが伝道村の歴史に露呈している。完全版を読んでみたかった。

新潮社 週刊新潮
2022年9月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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