北海道山中で野生動物との一期一会 「狩る」という行為を詩的に言語化

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獲る 食べる 生きる

『獲る 食べる 生きる』

著者
黒田 未来雄 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093891202
発売日
2023/07/27
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

北海道山中で野生動物との一期一会 「狩る」という行為を詩的に言語化

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 星野道夫の著作に導かれ、北米先住民の深遠な狩猟文化に触れたことで著者のハンターとしての歩みははじまる。神話の伝承者でもあるクリンギット族の友人の狩りに同行したとき、銃弾に貫かれた獲物が死を受容するまでの時間を何よりも神聖視する姿勢に心打たれた。野生動物を人間と何も変わらない高度な知性をもつ存在と認めたうえで、その命を奪って生きる糧とする狩りという行為。その矛盾と核心がそこにあった。神話と伝承の時代から脈々と受けつがれてきた言葉だけがもつ重さが、友人の言葉には鳴り響いていた。

 一頭の鹿が斃(たお)れるまでの挙動、死体の分け前をねらう猛禽類の重々しい羽音、樹皮に刻み付けられた羆(ひぐま)の爪痕。生と死が等量のものとして絶え間なく循環する大地のなかで野生動物は力強く生きている。その美しさと神々しさを称え、敬意をはらい、怯え、そのうえで命をいただくことで、人間もまた大地の一部に戻れる。北海道の山で繰りひろげられる動物たちとの一期一会に多くの頁が割かれるが、その一瞬一瞬の風景描写に、人間は大地の一部、水の一部という先住民哲学が呼び起こされる。狩りとはつまるところ、動物たちと対等な地平にたつことで自らを自然と同化させてゆく実践の作法であるが、それをここまで詩的に言語化する能力に驚かされた。

 羆を獲るまでの過程が最後に語られる。「獲れた羆と、獲った羆は別物」という師匠の言葉には狩りのエッセンスがつまっている。偶然獲れた獲物に自然との同化の喜びはない。獲物の生態を熟知したうえで行動を読み、必然的に獲った獲物にこそ狩りの真髄がある。猟期前の春から山に通い詰め、山に溶け込み、反撃の恐怖に耐え、羆を仕留めたときの魂の震えはいかばかりであったろう。

 獲物に対してだけでなく、人々との出会いを何よりも大切にする誠実さがあるからこそ、ここまで深く山を語れるのではないか。

新潮社 週刊新潮
2023年10月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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