地元出身の著者が案内するごった煮の街のリアルな入り口

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ディープヨコハマをあるく

『ディープヨコハマをあるく』

著者
佐野亨 [著]
出版社
辰巳出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784777827749
発売日
2022/08/01
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

地元出身の著者が案内するごった煮の街のリアルな入り口

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

〈横浜の不良文化史を語るうえで重要な存在であるナポレオン党だ〉という文章がいきなり登場して面食らう。いや、こういうのが大好物なんですけどね。

 小学4年生から社会人になるまで横浜で過ごした文筆家が、改めて地元を歩きながら綴った散策記。映画や小説、音楽などを引用しながら、複雑に折り重なった国際貿易都市のレイヤーを解きほぐしていく。

「関内をあるく」では、馬車道から歩き始めてガス灯や西洋料理について取材した声を紹介する。著名な近代西洋建築を愛でる。老舗のホテル・ニューグランドにまつわる逸話を紹介する。ほうほう、なるほどねぇと感心して読んでいたらナポレオン党の参上である。

〈本牧や伊勢佐木町周辺をバイクで疾走した〉というハタ迷惑なグルーブには姉妹集団クレオパトラ党というのがあって〈タレントのキャシー中島やモデルの山口小夜子、俳優の浅野忠信の母である浅野順子らが所属していた〉って三回転半ヒネリの雑学ネタで章が結ばれる。

 ごった煮。でもそれが街歩きのリアル。巻末インタビューでクレイジーケンバンドの小野瀬雅生氏も「まちって本来、明るいところと暗いところが同時に存在しているもの」と語るように、歴史的事象って教科書に載ってるようなことばかりではない。受け継がれてきた文化だって高尚とは限らない。

 著者は、闇市や花街の痕跡に目を凝らし、朝鮮人虐殺のような負の歴史も見逃さない。バブルの象徴・マイカル本牧の興亡は実体験も描かれる。本書の記述はそれほど深くまで潜ってはいかないが、「ディープヨコハマ」の入り口がたくさんあることを示してくれる。

 横浜を歩いてみたくてうずうずしている。〈果物屋としてはじまったもののエロ本の販売がメインとなっている松弥フルーツ〉とか、なんなら取材してみたいぐらいだ。

新潮社 週刊新潮
2022年9月8日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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