<東北の本棚>日本史の「常識」を転換

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世論政治としての江戸時代

『世論政治としての江戸時代』

著者
平川 新 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784130201605
発売日
2022/05/09
価格
7,150円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>日本史の「常識」を転換

[レビュアー] 河北新報

 江戸時代、剣術や帯刀ができたのは武士だけという通説があるが、著者は「実態は大きく異なる」と指摘する。腕の立つ庶民剣士は全国どこにでもいて、百姓身分の道場主の元に、武士が門弟として通うのも珍しくなかった。

 剣術イコール武士の通説がまかり通っているのは、研究者が「江戸時代は兵農分離の社会」と思い込んでいたせいだと著者はみる。幕末の危機的状況に臨んで、農兵や町兵を短時間で戦力化できたのは、庶民剣士がたくさんいたおかげだったのだが。本書は、歴史認識をゆがめてきた思い込みにメスを入れ、戦後歴史学の江戸時代理解を根本からひっくり返す意欲作だ。

 書名の「世論政治」を代表するキャラクターは、天保の改革を主導した水野忠邦。水野は歌舞伎などの娯楽を厳しく制限したため庶民受けが悪く、政敵の粛清を大規模に行ったこともあって強権老中のレッテルを貼られた。しかし、新たな史料を点検してみると、異論を強引に排除することなく柔軟に政策を進めていたことが分かった。合理的思考の政治家だったのだ。

 水野による改革の前夜に大坂であった大塩平八郎の乱は、飢饉(ききん)に苦しむ民衆の救済を目指した義挙とされてきた。ところが、史料を検討すると、天保7(1836)年の凶作に際し、水戸藩が大阪町奉行所の与力だった大塩の口利きで、大量の米穀を不正規に買い付けていた疑惑が浮かんだ。当時、大坂の米価は江戸などに比べ、はるかに安かった。町奉行所は市民の飯米確保のため、移出制限など打つべき手を打ち、かなりの実効性を挙げていた。とすると、大塩の乱とは何だったのか。

 著者は東北大名誉教授(日本近世史)で、宮城県慶長使節船ミュージアム館長。こなれた文体でつづられた本書は、研究者だけでなく、歴史好きな一般読者も取り付きやすい。(村)
   ◇
 東京大学出版会03(6407)1069=7150円。

河北新報
2022年9月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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