<書評>『小さきものの近代(1)』渡辺京二 著

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小さきものの近代 〔第1巻〕

『小さきものの近代 〔第1巻〕』

著者
渡辺京二 [著]
出版社
弦書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784863292482
発売日
2022/07/29
価格
3,300円(税込)

書籍情報:openBD

<書評>『小さきものの近代(1)』渡辺京二 著

[レビュアー] 高山文彦(作家)

◆名もなき庶民の自立精神

 著者は三十歳の頃、「われわれがいかなる理不尽な抹殺の運命に襲われても、(中略)それとの休みない戦いによってその理不尽さを超えたいものだ」(『小さきものの死』=一九七五年、葦書房)と書いた人である。「われわれ」とは「小さきもの」、名もなき庶民。たとえ権力に一方的に生死を決せられようと、それすらも自ら選びとった境地として乗り越えたいというのである。

 半世紀を超えて著された本書には、この思いが脈々と息づいている。『逝きし世の面影』『黒船前夜』『バテレンの世紀』といった近年の大仕事は、これを書くための助走だったのかとさえ思う。歴史の表には現れがたい草の根のつぶやきの諸相、その後景として眺められるのだ。

 幕末から明治初年までを描く本書には、維新革命の勝者たちの大声はすっかり影を潜め、こうありたいと願って生きた人々の声や姿が列伝風に叙述される。

 そこから浮かび上がるのは、開国、攘夷(じょうい)、維新、戊辰の役を血まみれの絶叫で駆け抜けた人々よりも、山野河海(さんやかかい)、市井に暮らす人々のほうが精神の自立、自由と権利意識に目覚めていたということだ。そうした人々こそ開かれた近代を迎える準備を整えており、そうした人々が「自分自身の『近代』を創り出すために、どのように心を尽くしたか」を見ていく著者が目線低くとらえるのは、武士、農民、町民、異国経験者、博徒、女、敗者、芸能者たち。

 たとえばそれは処刑に臨む一揆指導者の「現代人たるわれわれにとって、溜息(ためいき)の出る胆(きも)のすわり様」であり、「人間ハ三千年ニ一度さくうとん花(げ)(優曇華(うどんげ))」であると獄中記に残した農民指導者の一言であったりする。国家が何を強いてこようと自律的な命へのこのような讃歌こそ、本書に一貫して流れるアリアであろう。

 気持ちがよくなる。現在の自分を深く考えさせられる。第一巻が出たばかり。九十二歳の著者は今なお新聞に連載中だ。

(弦書房・3300円)

1930年生まれ。熊本市在住。日本近代史家。著書『北一輝』など多数。

◆もう1冊 

渡辺京二著『幻影の明治 名もなき人びとの肖像』(平凡社)

中日新聞 東京新聞
2022年9月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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