『その対応では会社が傾く』
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なぜ「謝罪会見の9割は失敗」してしまうのか 危機管理コンサルタントが語るダメージの減らし方
[文] 新潮社
パンデミック、大災害からSNSの炎上、身内の揉め事まで、現代社会ではさまざまなレベルで危機が身近に存在している。こうした状況に対応する「危機管理」のコンサルティングを行っているのが(株)リスク・ヘッジだ。その代表取締役である田中優介氏の新著が『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』。
つい最近のケースで見ても、知床遊覧船の運営会社社長、園児バス置き去り事件の幼稚園園長、あるいは旧統一教会の幹部など、それぞれにとっての「危機」に際しての会見がダメージの軽減につながらなかった事例は枚挙にいとまがない。そのことは危機管理の難しさを示していると言ってもいいだろう。
では、危機管理のコンサルティングとはいかなるものか。私たちは何を知っておくべきなのか。
危機管理には「理論」がある
――新著『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』(新潮新書)では、危機管理の「理論」が説かれています。ただ、数学や物理学ではなくて、危機管理と「理論」というのがちょっと結びつきづらいようにも思うのですが……。
田中:数学では、公式にあてはめれば解が導かれますよね。同様に、危機管理の理論というのは、危機の予防に際して、または危機に直面した場合に、「このようにすれば、こうなる」というセオリーのことを指します。Aという行動を取ればBという結果に、Cという行動を取ればDという結果になる、ということです。
たとえば、ものすごくわかりやすい理論(セオリー)として、誰もが知っているのは、「不祥事を起こした側、追及を受けている側がメディアに対してキレるのはタブー」ということです。追いかけてきた記者に対して「私だって寝てないんだ」と声を荒げた社長さんがかつていましたよね。
そのような対応をすれば社長が「逆ギレ」した映像が繰り返し流され、より事態が深刻になるのはわかりきっています。
しかしながら、実際にはこの愚をおかす人は少なくありません。
――その「理論」はどのような裏打ちがあって蓄積されたものでしょうか?
田中:私たちは企業の現場で危機管理の業務に携わることで、多くの経験を積んできました。その経験則は大きいですね。「謝罪会見では解毒に徹することが大切」「罪の認識が足りないと展開の予測を誤る」等々、本で紹介した理論はすべて、経験やあるいは実際の例を分析した結果、見出したものです。
対応の4ステップとして「感知・解析・解毒・再生」が必要であることは、本書に限らずコンサルティングの現場や講演でも強調してきた点です。
このような理論は、決して突飛なことを言っているわけではありませんから、多くの人が理解し、共感してくださるはずです。しかし、現実の危機に直面すると慌ててしまい、ステップを踏むことを忘れてしまうものです。
だからこそ、平時において理論を学び、また復習することが求められるのです。
議論は混乱するもの
――『その対応では~』は、そうした理論を詰め込んだ1冊ということですね。しかし、それを明かすと、ノウハウの流出につながるのではないでしょうか?
田中:よくそういうご指摘はいただきます。「手の内を明かしたらコンサルタントとして飯のタネをなくすのと同じでは?」というご心配です。
しかし、日々のコンサルティングで常に理論はアップデートされていますので、流出を恐れる気持ちは一切ありません。むしろ、少しでもこれら理論で救われる方、企業があればいいと思っています。
また、いくら理論を理解している方が組織の中にいるとしても、やはり冷静な第三者の目は必要になります。組織の中では、普段でも意見が分かれることは珍しくありませんが、ましてや危機に瀕している場面では、議論は混乱しがちです。
その整理をする役割は絶対に必要になります。
また時には、「社内の人間は社長にものを言えないから、そちらから言ってほしい」といった要望を伝えられることもあります。
その意味で、コンサルタントの仕事が不要となることはないでしょう。
たとえばこの数年の「謝罪会見」やそれに類するものを思い出してみてください。日大のアメフト危険タックル問題の時の監督とコーチの会見、女性蔑視ではないかと指摘されたあとの森喜朗元総理大臣の会見、性加害が報じられたあとの香川照之さんの生放送での謝罪……「あの会見は見事だった」といった評価を得たものがありましたか。
――大抵は、失敗とまでは言わないまでも、事態の収束にはあまり寄与しなかった気がしますね。
田中:そうでしょう。危機管理学部のある大学、元総理、人気俳優なのですから、周辺には優秀なブレーン、スタッフがいたはずです。しかし、そういう人であっても危機に直面すると、おかしな反応をしてしまう。なかには「なぜあんなことを言うのか」といったことを口走る人もいます。また「あんな中途半端な頭の下げ方をしても逆効果では」というタイプの謝罪会見もよく見ます。
感覚的にいえば9割以上の謝罪会見は失敗に終わっています。
自分たちの置かれた状況を客観視して、世間に理解してもらう対応をするというのは思った以上に難しいものなんです。
――実際に、どのようなコンサルティングが行われているのですか?
田中:弊社は父が1997年に創業し、現在創業25年ほどになります。会議の数だけでいえば1万回を超えるかと思います。対面会議の場合もあれば、最近はリモート会議も増えています。
会議の他、大学での授業や、企業での講演も行っています。こうした場で、基本的な理論をお話しすることで、理論の普及を目指しています。
実際に危機が発生したあとのコンサルティングでは、まず先方の危機の概要をお聞きして、深刻度などの評価をお伝えします。次に、どのような議論が社内で交わされたかをお聞きして、会社の対応姿勢を確認します。
その上で、危機対応の着地点を一緒に議論します。どのくらいのダメージを目指すのか、許容するのか、ということです。
それが決まったら、達成するための最善策と次善の策を弊社からご提案します。
ダメージをゼロにはできない
――「ダメージを目指す」というのはどういうことでしょうか? ダメージはなくすべきものなのでは?
田中:よいご指摘です。そういう反応があるからこそ、コンサルタントの存在意義があるのです。
大前提として、何らかの危機が発生した際に、ダメージをゼロにしよう、あるいはプラスに持って行こう、などと望んではいけません。長い目で見れば、プラスになる、ということはあるでしょうが、基本的にはある程度のダメージを覚悟するところから対応を考えなくてはならない。
この点を勘違いしている方や企業は多いのです。
記者会見を見事にやったことで、一発逆転で世論が180度変わる、なんてことは、ドラマや映画ならばあるでしょうが、基本的にそういうことは無いと考えなくてはなりません。たとえ企業側に何らかの言い分があったとしても、です。
考えるべきは、どの程度のダメージであれば許容するか、「仕方ないな」と思うか、です。そしてそれ以上傷が深くならないようにするための方策を考えるのが、危機管理に関する部署と弊社の仕事になります。
下手に欲をかいて、ダメージをゼロにしようなどと考えたら、かえって傷が深くなるでしょう。
――先ほどお話に出たお父様は、まえがきにも登場しますね。本書のベースは「父から渡されたA4用紙200枚」を超すノウハウだ、とあります。それは実際にはどういうものなのでしょうか。
田中:父がリクルート社等での経験をもとに弊社を創業した頃は、まだ危機管理という言葉も定着していないこともあり、様々なメディアや企業から危機管理関連の取材や執筆依頼を受けるようになりました。
そのためにノウハウを文章化して整理したものが、積もり積もってそれだけの枚数になったのです。私は子供の頃から、この文書をもとにあれこれ教わりました。
――なぜ子供にそんなことを?
田中:父の仕事と関連して、子供の頃から尾行されるなどの嫌がらせを受けていました。そうした危機に対応できるよう、あれこれ教えたかったのでしょう。常に危機管理について対話するような家庭環境でした。中学生の時に「尾行の見分け方と阻止する方策」を教えられた記憶があります。
尾行などはかなり特殊な経験ですが、たとえ企業や組織に属していなくても、危機管理の理論は学ぶ価値があるものだと思います。
大学で教えていると、学生の皆さんもストーカー被害や怪しげな勧誘など、身近に何らかの危機を感じている方は多いようで、熱心に耳を傾けてくださいます。
ちなみに私は生徒の皆さんには、就職活動で企業にアピールする「学生時代に力を注いだこと」として、「危機管理の学習」を挙げるようアドバイスしています。企業の関心が高く、かつ人材が不足している領域だからです。
軌道修正が重要
――この本では、学生相手のゼミ形式となっているパートがあります。大学生を読者として想定したからですか?
田中:もちろん若い読者に読んでほしいという気持ちもあるのですが、実は企業相手の会議でもここで描写したような議論が展開されることが多いのです。
登場する学生たちは、教授から与えられた問題に直面して、思考停止に陥ったり、間違ったことを言ったりします。また議論が迷走することもあります。企業の方でも同様の反応を往々にして示すのです。
しかし、そこできちんと検証、検討、分析をすることで適切な方向に軌道修正ができます。ゼミ形式で示したかったのは、そうしたプロセスを体感していただきたかったからです。
過去に弊社が関係したものも含め、危機管理の書籍は、結果論が大半です。しかし、現実の危機に際した場合、最初から正しい結論に到達することは少なく、議論は迷走するものです。それでもあれこれ議論して軌道修正をしながら、適切で関係者が納得する方策を見出すのです。
そのプロセスを可視化したいので、ゼミ形式にしたのです。
――なぜ危機管理の議論は迷走するのでしょうか?
田中:同じ危機に対しても、経営者と広報部長、法務部長、総務部長はそれぞれ大切にしたいものが異なることがあります。それぞれの立場で意見を言うのですから、当然、議論は紛糾したり迷走したりするわけです。
そこで論点を整理し、最適解を見出すお手伝いをするのが私共の仕事です。本書では教授がその役割を担っています。
このゼミでの議論は、実際のコンサルの場面を登場人物の設定を変えて再現してみたのです。そのため本書に登場する学生たちは、それぞれ性格や立場が違うように設定しました。企業内でも同様の構図が見られるからです。
――「はじめに」には「国民一人一人の危機管理についての基礎教養を高める必要がある」とあります。何となく、組織にいても「危機管理は誰か偉い人がやるもの」という風に思ってしまうのですが、それではいけないということでしょうね。
田中:個人でも組織でも、何の危機にも直面しなければ幸せですが、そんなことはありえません。この数年、世界は新型コロナウイルスのパンデミックに直面しています。
一般社員であっても、不当なクレームをつけられたり、裁判沙汰に巻き込まれたりなんてことは珍しくないはずです。
また個人の私生活でも、SNSがきっかけで面倒なことになったなんて事例はいくらでもあるはずです。
そのような際に、パニックにならず、また独善的にならず、冷静にダメージを極小化するためにどうすればいいか。それを常に講演やコンサルティングの場ではお話ししています。
もちろん実際に危機的な状況に陥ったら、理論通りに振る舞うのは難しいでしょう。それでも理論を学んでいるのといないのとでは、結果が大きく異なるのです。