「父とは地獄だった」偏差値35から東大合格の西岡壱誠が号泣…… 合格発表の前日に父親がとった行動とは?

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それでも僕は東大に合格したかった

『それでも僕は東大に合格したかった』

著者
西岡壱誠 [著]
出版社
新潮社
ISBN
9784103547716
発売日
2022/09/22
価格
1,760円(税込)

「父とは地獄だった」偏差値35から東大合格の西岡壱誠が号泣…… 合格発表の前日に父親がとった行動とは?

[レビュアー] Book Bang編集部

 2月には、勝者と敗者が生まれる。1月に行われた大学共通入学テストの合否がそろそろ各大学から発表される頃だ。合格して春からのキャンパスライフを笑顔で思い浮かべる者がいれば、不合格となり絶望の淵に立たされたような気持ちになる者もいる。
 


合否判定の前日、受験生にどう接する?

 受験は孤独な闘いだと思われがちだが、家族など周囲の人に支えられて挑むものでもある。特に、受験生を抱える親は今頃、ハラハラしながら結果を見守っていることだろう。時に励まし、時に慰め、受験生の心に寄り添うように伴走できれば良いのだろうが、そうは上手く行かないもの。喧嘩をして険悪な空気になり、心を痛めている方も多かろう。

 偏差値35という“どん底”から2浪を経て東京大学・文科II類に合格した経験をもとに、ドラマ『ドラゴン桜』の脚本監修も務めた西岡壱誠(にしおかいっせい)さんは、著書『それでも僕は東大に合格したかった』(新潮社)の中で、合格発表の前日に泣きながら父親と対峙したエピソードを明かしている。同書は小説という体裁を取っているが、基本的に西岡さんの体験したことがもとになっている。いわばドキュメント小説だ。

 西岡さんは、父親との関係を「地獄」だったと語る。理由は、西岡さんが父親に対して抱いていた不信感だ。単身赴任をしている父親とは年に数回しか顔を合わせないという状況で、成績について口うるさく言ってくる態度が特に嫌だったようだ。また、小学校から高校までずっといじめられていた西岡さんに「お前が弱っちいからだ」という言葉を投げかける父親は、味方になってくれないという思いを抱いていた。
 しかし、発表前日に二人きりで本音をぶつけ合ったことで、その「誤解」は解けていく――。
(以下は『それでも僕は東大に合格したかった』をもとに再構成したものです)


東京大学4年生で作家の西岡壱誠さん

年に2回しか合わない父親と、合格発表前日に会うことに……

 東京に住む西岡さんと母親が、単身赴任中の父親と顔を合わせるのは年に2回ほど。こういう場合、子供を放っておきがちになるものだろうが、父親はガンガン電話で連絡してきて、ガンガン西岡さんの勉強方法や成績に口出しをして来た。学力が足りないからと東大受験も反対され、勉強だけでなく生活や友人のことまで話を一方的に押し付けられることが腹立たしく、西岡さんは父親の電話を取らなくなっていた。
 その父親と、東大合格発表の前日にカフェで会うことになった西岡さん。挨拶もないままに始まった親子の会話は、以下のようなものだった。

「どうなんだ、お前」
「どうなんだって言われても」
「東大、合格できそうなのか?」
「知らないよ」
「知らないってことはないだろう」
「っていうか、なんで今日、東京にいるの?」
「明日だろ、合格発表」
「は?それだけのために来たの?」
「悪いか?」
「いや、だって去年も一昨年もいなかったじゃん」
「今年は特別だ。今年落ちたら、お前泣くだろ」

 泣かねえよ、と返す西岡さんに、父親は鞄からファイルにまとめられた数年分のデータを出して見せる。ファイルは東大合格者の平均点をまとめたもので、今から西岡さんの自己採点結果をもとに合否を確認するというのだ。
 努力の過程を全く見てもらえないように感じた西岡さんは、「ふざけんじゃねえ」とテーブルを叩く。小学生の時にいじめられても、中学生の時に辛いことがあっても、大学受験の時や浪人時代も、父親は何もしてくれなかった。助けてくれなかった。それどころか、こんな風に邪魔することばかり言ってきて。ふざけるんじゃねえ、と感じだったのだ。

「あんたはいつも、結果にしか興味がないんだ」
「結果?」
「合格したか不合格だったか。成績が上がったか下がったか。努力の過程じゃなくて、結果しか見てくれないんだ」
「そんなこと言ったって」
「そりゃ結果は大事だよ。どんなに頑張ったって、明日不合格になったら、この3年間は無駄になるってことだもんな」

 言いながら、西岡さんは泣いてしまう。努力の道程を否定されたことが悲しく、ボロボロと涙があふれた。そんな西岡さんを困ったように覗き込み、父親は言った。

「落ちたらお前、悲しむじゃん」

 驚く西岡さんに、父親は話を続ける。

「不合格になったら、お前、きっと泣くんだよ。俺にはわかる。泣いて後悔して、泣いてまた、いろんなことを肯定できなくなって。そうやって、お前、涙流すじゃん。それが、嫌なんだよ。そりゃ結果だけじゃなくて過程もって、わかるよ。そっちの方が理想だと思うよ。でも、そんなこといったって、落ちたら明日泣くんだろ、俺の前で。それが、嫌なんだよ」

 西岡さんは、この言葉を聞いて初めて、父親が自分のことを心配していたことに気付いた。学校や予備校に行かせてくれたり、参考書を買ってもらっても、応援されているとは感じられなかった。ずっと、父親が息子を合格させるためのエゴを押し付けているだけなのだと感じていた。

「僕はあんたが嫌いだよ」
「知ってる」
「自分の考えとか、自分の価値観とか、押し付けて。自分の中の答えをぶつけてきて。僕が、自分で闘うのを邪魔してくるみたいで、ずっと嫌いだった」
「邪魔なんかしてないだろ」
「模試の成績に口出して自分の勉強法押し付けて口煩(うるさ)く勉強について話をするのが邪魔じゃないと思ってるの? だいたい、あんた、東大受験するって言った時に否定してたじゃんか。それで模試の成績引き合いに出してやいのやいの言ってきたじゃんか」
「おい、やいのやいのって」
「そういうあんたを見て、思った。ああ、僕の父親は、自分の考える答えの通りに、自分の思い通りに、子供を動かしたいんだなって。自分の思うように進まなかったら嫌で、自分が考える道に子供が進むようにしたい。そういう人なんだなって」

 思いの丈をぶつける西岡さんに、父親はため息を吐きながら伝える。

「お前は俺とは違う。分身じゃない。俺の想いとか、人間性とか、価値観とか、そういうものを受け継ぐ必要は、ない」

 こう言い切ってくれた言葉が胸に響いた。泣きながら思いの丈をぶつけ、父親がそれを受け止め対話してくれたことで、これまでの行為は不器用な父親なりの応援だったのだと理解できた西岡さん。ファイルにあるデータで事前に合格を確認せず、明日落ちたとしても泣かないからと伝えると、父親は納得して準備したファイルを仕舞ってくれた。それから二人は、軽口を叩きながら喫茶店を後にした。
 そして翌日、合格をいち早く確認し、電話で西岡さんに告げたのは父親だった――。

受験生との接し方に迷ったら

 仲の良い親子でも、受験の時の接し方は難しいものだ。日頃からコミュニケーションが上手く取れていないとなると尚更だろう。
不器用な父親と「地獄」のような関係だった西岡さんは、受験をきっかけに、お互いの本音をぶつけ合うことで分かり合うことができた。
 西岡さんは『それでも僕は東大に合格したかった』で、それまでの人生の走馬灯を描くように合格発表までの8日間を記している。両親との関係や“師匠”と呼ぶ中学時代の恩師の教え、実践した勉強法などが綴られているが、西岡さんが受験生の時にどんな思いでいたか、まるで追体験しているかのようにダイレクトに伝わって来る。
 受験は1人で受けるものだが、そこに至るまでには多くの人がかかわっている。そんな当たり前のことに改めて気づかされることだろう。

 親の思い子知らず、子の思い親知らずではあるが、それぞれを思い合う気持ちは変わらない。受験生の子との接し方に迷ったら、西岡さん父子のように、いったん遠慮なしに本音をぶつけ合い、心の内を明かしてみるのもいいのかもしれない。

Book Bang編集部
2023年2月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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