プロレスラー棚橋弘至の「肉体管理」に感動 『餓狼伝』の作者・夢枕獏が驚愕したアスリートの食生活

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ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け

『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』

著者
平松 洋子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103064756
発売日
2023/02/01
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アスリートの食へのこだわりが面白い

[レビュアー] 夢枕獏(作家)

作家・エッセイストの平松洋子さんが「身体と食」「人の身体はどのように作られていくのか」という謎に迫った『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』を刊行。大相撲の押尾川親方、新日本プロレスの棚橋弘至、箱根駅伝を制した駒沢大学の寮母、東京五輪でメダルをもたらした栄養士らにインタビューし、併せて筋トレや体脂肪、腸内フローラのメカニズムなども探る。格闘小説『餓狼伝』や山岳小説『神々の山嶺』などの著者・夢枕獏さんが本書の読みどころを解き明かしてくれた。

夢枕獏・評「アスリートの食へのこだわりが面白い」

 本書『ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け』(平松洋子)を興味深く読ませていただいた。

 ぼくの好きな格闘技系――相撲やプロレスの話題が多かったことがひとつにはあるが、この一年ほど、筋トレやリハビリ、食事などに気をつかう日々をずっとすごしていたからである。

 実は、この一年あまり、病気の治療や手術で四回ほど入院をし、そのたびに歩行器などを使用するリハビリから始め、筋トレをして少し元気になったら、次の手術で入院。またリハビリをして入院ということを繰り返していたのである。

 血液ガンや心不全などをわずらって、ガンは寛解、心不全の方はひとまず落ち着いているのだが、食事は減塩、有酸素運動はこまめにやらねばならない日々をすごしているのである。そんなわけで本書に書かれているメッツ(METs)などという単位がどういうものか、現在のぼくは知っているのである。メッツというのは、安静時の単位を1とした時の「運動強度の単位」である。ちなみに、メッツ「4~5」というのは、ぼくの手元にある医者からもらった資料では、「軽い大工作業」、「軽い草むしり」、「入浴」、「10kgの荷を持っての歩行」とある。メッツ「9~10」は、「ボウリング、アメリカンフットボール」ということになる。ぼくのメッツは「3~4」で、家事一般や、ラジオ体操、カートありのゴルフはやってもいいが、それ以上の運動は心臓に負担がかかるため、やってはいけないことになっている。

 おそらく、読者の多くは、運動と食の関係について、ざっくりとした知識はお持ちであろう。運動量の多いアスリートほど日々摂取するカロリーは高くなる。しかしながら、競技によっては、たとえば相撲取りとマラソンランナーでは、ただ筋肉をつけるだけでなく、それぞれの運動の特性に合わせた筋肉をつけねばならないということも、知識としては持っておられるであろう。けれども、具体的に、そういう筋肉や肉体を作るためには、どのような食事をせねばならないかということまでは、きちんと知っている方は少数であろう。本書には、そういうことが、実例をあげて、細かく書かれている。

 特筆すべきは、その中でプロレスラーの肉体と食についても、かなりのページ数をさいて書かれていることであろう。

 他のアスリートとプロレスラーの違いは、もちろんある。プロレスラーが特殊であるのは、ただ力強い筋肉、速く動くことのできる身体を作るだけでは、足りないということなのだ。観客に見せる、あるいは観客を魅せるための肉体を作らねばならないからである。しかも、その肉体は、自分をどのように見せたいか、自分のファイトスタイル、理想とするプロレス観などによって、実に様々なのだ。

 この稿で指摘しておくべきは、プロレスラー棚橋弘至のことであろう。

 本書の棚橋について書かれた文章を読めば、プロレスラーが(というより棚橋が)いかに自分の肉体を設計するために努力をしているかがわかるであろう。棚橋は言う。

「朝、昼、夜食べるんですが、それだと食事の時間が空きすぎて血中アミノ酸濃度が下がってしまう。すると、身体は、脂肪ではなく筋肉を分解してエネルギーに変えようとしてカタボリック(異化)な状態になってしまう。(略)つねに二~三時間置きにプロテインとアミノ酸を摂取して、血中アミノ酸濃度が下がらないよう一定にしなければならないんです」

 人気プロレスラー棚橋が、ここまで徹底して自分の肉体を管理しているのかと感動する。

「プロレスってのは結局人間の春夏秋冬を見せるもんだろう」

 と言ったのは、プロレスラーの故・橋本真也だが、リングの外で、彼らや多くのアスリートたちが、「食」というものにどういうこだわりを持って生きているか、それを知りたかったら本書を読めばいい。さらにつけ加えておけば、アスリートにはアスリートの食があるように、音楽家、作家などそれぞれの職業についても、その仕事にあった食がきっとあるに違いない。では、自分はどうするかというところまで考えさせられる本であった。

新潮社 波
2023年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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