『言語はこうして生まれる』
- 著者
- モーテン・H・クリスチャンセン [著]/ニック・チェイター [著]/塩原 通緒 [訳]
- 出版社
- 新潮社
- ジャンル
- 自然科学/自然科学総記
- ISBN
- 9784105073114
- 発売日
- 2022/11/24
- 価格
- 2,970円(税込)
書籍情報:openBD
普段の会話こそ究極のフリースタイル!
[文] 新潮社
いとうせいこうさん
「言語とはジェスチャーゲームのようなものだ」という画期的な見方を提示して話題になっている『言語はこうして生まれる 「即興する脳」とジェスチャーゲーム』。同書に刺激を受けたライムスターの宇多丸さんが、日本語ラップの先駆けであるいとうせいこうさんと対談。コミュニケーション論から日本語の歴史、フリースタイルラップと言語の変化などを縦横に語り合った。
会話の主導権は「聞く側」に?
宇多丸 この本を読んだ時、いとうさんと話したいと思ったんです。
いとう うん。言語というと、ある言葉の「A」というイメージをそのまま運んで、相手がそれを受け取るという風に思ってしまう。でも、実際のコミュニケーションはそんなことはなくて、実は短波放送みたいにすごく雑多なノイズだらけの音の中から正しい歌詞を見出すみたいな作業をしているわけだよね。
宇多丸 そうです。さぐりさぐりで、なんとか工夫しながら、ジェスチャーゲームのようにお互いにメッセージを伝えていく……それが言語というものだ、というのが本書の論旨です。
いとう ただ、ジェスチャーゲームというのは、聞いてる側が「近い!」とか「そうそう!」とか反応するから軌道修正ができるわけじゃない。僕がこの本でちょっと足りないなと思ったのは、聞いてる立場の人たちがあまり見えてこなかったこと。かつて柄谷行人が指摘したように、語る立場と聞く立場があった時に、重要なのは聞く立場が理解するかどうかであって、語る立場には実は何の権利もない。「わからない」と言われたらおしまいなわけだから。そのことをジェスチャーゲームの比喩の中に導入しとかなきゃいけないと思った。
宇多丸 なるほど。僕はその「聞く立場」の話も込みで、ジェスチャーゲームのメタファーを理解していたのかもしれません。例えばこの本に繰り返し出てくるのは、相手に何かを伝えるときに大事なのは、「相手が何を知らないか」をこっちが類推することだと。つまりやはり、受け手がキャッチできる情報を投げてナンボ、という話ではある。また、これはすごく自分の実感と通じる部分だったんですが、会話って、実際こうやってポンポン言葉のやり取りをしてますけど、相手の発した言葉を本当に全部きちんと咀嚼してから返事してたら、こんなスピードにはならない。つまり相手の話を大づかみして、途中ですでに返答を考えだしているわけですよね。だから、基本すごく雑なコミュニケーションを我々は普段しているんだけども、そのやり取りの繰り返しの中に、互いの共通認識のようなものができてくる。
いとう 要するに35%ぐらい伝わっていれば会話は成り立つ的なことでもあるよね。
宇多丸 人間の認識能力的にも、リアルタイムで聞いた言葉は、文字みたいには記憶できなくて、どんどん忘れていっちゃう。だから、今おっしゃったように35%ぐらいをぼんやり薄づかみしてやり取りするのが、言語コミュニケーション。しかもそれは、「今、この場」でコミュニケーションをとる必要がある両者間で、「その都度」即興的に形成されてゆくものなのだ、ということ。それがすごく腑に落ちたんです。