『眠れる美女』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
老人の夢想、妄想が妖しく綴られる
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「眠り」です
***
シャルル・ペローの昔話『眠れる森の美女』に描かれたように、眠りについたまま目を覚まさない美しい女性には、この世を超えた神秘的な魅力がある。
魔力といってもいいかもしれない。
谷崎潤一郎の『刺青』では江戸の刺青師が、若く美しい女性に取り憑かれ、南蛮渡来の眠り薬を飲ませて眠らせ、その背中に女郎蜘蛛の刺青を彫った。
澁澤龍彦はペローの物語に想を得て日本を舞台に『ねむり姫』を書いた。
男たちは眠りによって現実とは離れた異界に入ってしまった女たちの、超現実の美に心を惑わせる。
川端康成の『眠れる美女』は、この系譜に入る。
どこか海辺に近い秘密の家に、すでに男ではなくなった老人たちのために若く美しい女が用意される。
彼女は特別な薬によって眠らされている。家の客となった老人は、その眠れる女の横でひと晩、添い寝する。
こうして老人たちは、彼女の若さに触れ、ひと晩のひそやかな快楽を得る。
といっても、老人たちは眠れる女とことをいたすわけではない。ただ共に添い寝するだけ。
友人からこの秘密の家を紹介された主人公の江口老人は、何人もの眠れる美女と一夜を過ごすことになる。
昭和三十六年に出版。川端康成が六〇代はじめの頃の作品。老人の夢想、妄想が妖しく綴られてゆく。
とはいえ、なまなましい性愛とは無縁。人形愛の冷たい清潔さと静けさがある。