『虚心』吉川英梨著(幻冬舎)/『キツネ狩り』寺嶌曜著(新潮社)

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虚心

『虚心』

著者
吉川 英梨 [著]
出版社
幻冬舎
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784344040892
発売日
2023/03/29
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

キツネ狩り

『キツネ狩り』

著者
寺嶌 曜 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103549710
発売日
2023/03/29
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『虚心』吉川英梨著(幻冬舎)/『キツネ狩り』寺嶌曜著(新潮社)

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

捜査 「人情」と「特殊能力」で

 近年次々と新鮮な書き手が登場し、目を離すことができない警察小説。今日もまた豪華な二本立てで、ドラマ化もされた注目のシリーズものと、実力派新人のデビュー作をご紹介したい。

 まず『虚心』は、奈良健市という埼玉県警の刑事が主人公を務める王道の捜査小説だ。行方不明の少女をひたすら捜索する一作目の『雨に消えた向日葵』はドラマ化され、奈良刑事をムロツヨシが演じた。二作目の本書では、注意報クラスの降雨により、埼玉県の黒部山で土砂崩れが発生、その瓦礫(がれき)から不法投棄された産業廃棄物が大量に発見されるところから事件が始まる。捜査本部が崩落発生地の所有者を調べると、奈良にとって苦い思い出である十六年前の未解決殺人事件の関係者の名前があがり――。子供に「おっちゃん」と懐かれながら捜査を進める奈良刑事と同じく、読む者もまた苦い思いを噛(か)みしめることになるのは、断ち切れない不運な因果が絡まる二つの事件のなかに、これさえ捕まえてしまえば万事解決という「固体の悪」がいないからだ。本書のなかの「悪」は地域社会に混じる流体で、移動し偏在し、時間の経過で変質して「なかったこと」にさえなってしまう。だからこそ、涙も怒りも隠さぬ人情派の奈良刑事の心ある捜査を応援せずにはいられない。

 片や『キツネ狩り』は、第九回の新潮ミステリー大賞受賞作。こちらも枠組みはきっちり警察小説なのだが、主人公の女性刑事が事故で右眼の視力を失い、かわりにその右眼で三年前の過去の光景を幻視することができるようになった――というファンタジックな設定がみそだ。主人公はこの幻視能力を買われ、未解決の一家四人殺害事件の再捜査を担当することになるが、署長や先輩刑事の信頼は心強いものの、主人公本人にとっても不可解な幻視能力を充分に使いこなせるかどうかわからない。さらに、過去を幻視して有益な情報を得たとしても、それだけを根拠に犯人を逮捕することはできない。このもどかしさを乗り越えて、真相と正義をつかみ取ることはできるのか。

読売新聞
2023年6月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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