「子供の作品を読んでられるか」最近の小説に物申す伊集院静が初めて手掛けた時代小説とは

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48 KNIGHTS フォーティーエイト・ナイツ

『48 KNIGHTS フォーティーエイト・ナイツ』

著者
伊集院静 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334795269
発売日
2023/04/12
価格
968円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

伊集院静氏が語る『いとまの雪』から『48KNIGHTS』へ

[文] 光文社


伊集院静さん

直木賞の選考委員をつとめる作家の伊集院静さんは、最近の作家には力強い作品がないと危惧しているという。今の作家は中学・高校時代を書き過ぎで、その時代にしかリアリティを出せないのだ、と。

そんな伊集院さんが初めて手掛ける時代小説が、このほど文庫になって登場した。取り扱ったのは、「手を出してはいけない」と言われるほどの超有名テーマ「忠臣蔵」だ。

伊集院さんが描く大石内蔵助の物語とは。また、裏切者とされ嫌われてきた人物に光を当てることにしたいきさつや、単行本を文庫化するにあたって大胆な改題を行った理由などを、伊集院さん自身に語ってもらった。

■忠臣蔵を知らない若者、絶賛する海外にも届くように大胆なタイトルへ

――単行本の『いとまの雪 新説忠臣蔵・ひとりの家老の生涯』から大胆にタイトルを変えての文庫化となりました。どのような意図があったのでしょうか。

 これまで100冊以上の文庫を出してきましたが、同じタイトルで出すのではなく、もう少し工夫できないものかと考えていました。特に、今の若者の大半は『忠臣蔵』を知らないんですよ。歴史の事実として、そういう仇討(あだう)ちがあったということ自体を知らない。「何、それ?」と聞かれることもあるんで、「本当かね」って思うんだけどね。われわれの世代では毎年暮れになると『忠臣蔵』があった。知らないんじゃ映像化もできないと思っていたので、考えた。今の若い人って横文字を受け入れ易いところがあるんですかね。もう『いとまの雪』では作品のひろがりが望めないし、反応も少ないのではと思ったわけです。

――それで『48KNIGHTS(フォーティーエイト・ナイツ)』と名付けた理由はなんでしょうか。

 イギリス人や、アメリカ人で特に東海岸に暮らす人たちから、『忠臣蔵』を絶賛する声を聞きました。これは東洋一の騎士道精神で、王に対する家臣の誓いを端的に表しているのではないか。サムライの死生観は称賛されるべきだ、と。イギリスだったらアーサー王と円卓の騎士ですね。騎士たちは円卓に並んで、王の前で剣を差し出す。何を意味しているかというと、あの刃は自分たちに向けられたもので、王のために自分たちは死ぬ覚悟がある。その約束というわけです。

『いとまの雪』というタイトルは、これは私の創作ですが、作中にある山鹿素行(やまがそこう)が大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)に宛てた手紙の中にある一節「生きるは束の間、死ぬはしばしのいとまなり」からとったものでした。この言葉がこの小説の根にあるものですが、文庫化にあたっては騎士(KNIGHT)と合わせてみようじゃないかと考えた。それともうひとつ、吉良(きら)邸の討ち入りは内蔵助はじめ47人の志士によって決行された。私の新説忠臣蔵では、討ち入りには参画しなかったけれど、忠臣としてもう1人の重要人物を描いています。これを加えて48としたわけです。

■手を出してはいけない時代小説だからこそ


伊集院静さん

――本作は伊集院さんにとって初めての時代小説となったわけですが、伊集院版忠臣蔵はどこが新しいのでしょうか。

 忠臣蔵を書こうと思ったのは、私の親友が赤穂(あこう)の出身だったからです。もう亡くなってしまったけど、彼から「もし、時代小説を書くようなら忠臣蔵にしてくれないか」と頼まれていた。あと、ある作家に「手を出してはいけない時代小説はなんだ」と聞いたら、忠臣蔵と千利休(せんのりきゅう)だった。「千利休を書くと死ぬぞ」と。千利休をやった作家は割と早く死んでいるらしい。忠臣蔵は、堀部安兵衛(ほりべやすべえ)の熱烈な応援団が新潟(にいがた)の新発田(しばた)にいて、毎年、義士の恰好(かっこう)をしてエイエイオーとかやっているから、堀部安兵衛だけは悪く書いてはいけませんとか言うんですね。だったら、書いてみるか、と思ったんですよ。

 私の忠臣蔵で新しいところは、そもそも忠臣蔵の多くは、元禄(げんろく)十四年(1701年)に刃傷(にんじょう)「松の廊下」があって、浅野(あさの)家の取り潰しにつながったとある。私の忠臣蔵では、その数年前、貞享(じょうきょう)元年(1684年)にあった江戸城内での稲葉石見守正休(いなばいわみのかみまさやす)による刃傷沙汰(ざた)から説き起こしている。これで稲葉家は取り潰しになるが、小説では、そもそも背景として幕府による大名の転封改易の陰謀があったとしています。そして山鹿素行は死の間際、良雄に手紙を託し、こうした幕府の陰謀に触れ、赤穂藩に忠告をしている。それが浅野内匠頭(たくみのかみ)の事件につながっていくとした。

■ずっとみんなから嫌われてきた「裏切者」の生き方だって武士道

 赤穂藩の次席家老である大野九郎兵衛(おおのくろべえ)の扱いも新しい視点で書いた。この小説の新聞連載を始めるときに、時代考証などをやっている大学の歴史学の教授に話を聞きました。そのとき教授から「大野九郎兵衛はずっとみんなから嫌われてきた。これを救ってやったら、ほんとに救いになりますね」と言われた。私は、「あ、それはぜひ作品で救いたい」と。大野九郎兵衛は赤穂の城明け渡しに際し、逃亡した裏切り者として扱われてきた。最後に家財道具を私邸に取りに戻って、殺されそうになるんですよ。それぐらい赤穂では大野の名前は禁句になっている。だったら救ってやろうと考えた。私の忠臣蔵では、裏切り者の汚名を着てでも大石内蔵助を陰から支えていく人物として描いています。この大野九郎兵衛が48番目のKNIGHTです。もうひとり、47人のうち、脱走したとされる寺坂吉右衛門(てらさかきちえもん)についても、内蔵助の密命によって隊を離れたとしています。こうした彼らの生き方も忠臣であり武士道であると書きたかった。

 裏切り者はたくさんいたんですよ。最初は250人くらい同調者がいたのに、どんどん抜けた。よく47人残ったと思います。彼らのお墓がある泉岳寺(せんがくじ)に行きましたが、並んでいる墓の下に本当に亡骸(なきがら)があると思うと、これだけまとめて人間が忠誠心のために死んでいく、そういう物語は世界の中でないだろうと思った。

 一番大事なことは、殿(浅野内匠頭)は切腹した。家臣が、城を明け渡すか籠城(ろうじよう)するか、それとも討ち入りかと議論しているときに、大石内蔵助は言う。「君、辱めを受ければ、すなわち臣死す」と。王様が辱めを受けたら家来は全員死ぬというのだから。最初にそういう決め事を言われると、もう誰も口答えできないし、そういう内蔵助の精神の支柱は今の若い人には、まったく意味がわからないかもしれません。

■愛人、密偵、親友……魅力的な創作シーンに夫婦の会話も評判

――伊集院版忠臣蔵では、大石内蔵助も若き日から切腹にいたるまでの生涯が魅力的に描かれています。

 過去の小説や映像化された作品をみると、忠臣蔵をよくしようと思ったら、内蔵助のそばに魅力ある人物を作り出さなきゃいけないということがあります。私の作品では内蔵助の愛人となる「かん」や密偵の仁助(にすけ)、内蔵助の親友となる石清水八幡(いわしみずはちまん)の住職など、これは創作。内蔵助の師となる軍学者の山鹿素行に関しては史実に基づいている。素行が浅野藩に帰ってくるときには、峠まで赤穂藩の重臣が出迎えに行っていることは、素行の日記にも書いてある。物語の最初に、徳川光圀(とくがわみつくに)が内蔵助と初めて会ったとき、「斬る。あの場で斬ってもよかった」「あの面容は、信義のためなら東照大権現にも弓を引くほどの肝をもっておる」と養嗣子(ようしし)に言ったという、内蔵助の将来を予言する場面も創作。そういうものは物語の先に出しといた方がよいだろうと考えた。小さなことだけれども意味があると思う。

 内蔵助に関しては、興味を抱けるキャラクターに作り上げています。例えば、妻の理玖(りく)が輿(こし)入れしてきた日、良雄は疲れた新妻の足をもんでやるが、足の指が曲がっているのに気づき、尋ねる。そこで「木から落ちました」との返事に、「豊岡(とよおか)では娘は木にのぼるのか」「いいえ、私だけでございます」と書いたが、ちょっとユーモアのある夫婦にしたかった。暗い物語にはしたくなかったので、とにかく内蔵助という人間のキャラクター付けがすごく大事でしたから考えた。これについては、すごく面白いという批評が多かったですね。

■子供の作品を忙しいのに読んでおられるか


伊集院静さん

――今の時代に忠臣蔵は受け入れられるでしょうか。

 この作品のテーマでもある、忠誠を尽くすとか献身的に尽くして生き抜くとか、それは意外と受け入れられるのではと思っています。受け入れられないのだったら、この時代まで忠臣蔵という物語は作品として生き続けてこられなかった。歌舞伎でも、『仮名手本忠臣蔵』は今でも人気がありますからね。

 はっきり言うと、サラリーマンの生き方としても、実はここに見習うべきものがあるのではないかと思います。よく、転職サイトのCMなんかで、転職してみんな偉くなったとかいうけど、そんなことは実際にはほとんどないから。やはりどのくらい会社に忠誠を尽くす社員がいるかということで、優秀な会社とそうでない会社とに分かれている。転職サイトとは江戸時代でいえば口入れ屋です。彼らは紹介料で大儲けしているけど、口入れ屋が流行(はや)っているときは、必ず世の中がおかしくなっているわけですよ。

――若者に受けるでしょうか。

 それはちょっと難しいかもわからない。ただ、最近の作家でいうと、力強い作品がないんですよ。直木賞の選考会でも発言したのだけれど、今の作家は中学時代、高校時代とか、そういうものを書き過ぎだ、と。要するにリアリティがその時代しか出せないから、いざ社会人のことになるともう全然書けない。「今の作家は子供なんだよ。子供の作品を忙しいのに読んでおられるか」って言ったらみんな黙っちゃったんだ。それはともかく、『48KNIGHTS』でいうと、この文庫は四月に出ましたが、十二月に出すから『忠臣蔵』という発想では、もう『忠臣蔵』は売れないんです。これはね、本屋でこの文庫を手に取った若者が、ちょっと運が悪かったのか、良かったのかわかりませんが、「『48KNIGHTS』読んだ? 面白かったね」という話で、「あれって事実らしいよ」とかね、そういう方向にいけばよいなと思っています。

(聞き手・執筆:滝野雄作、撮影:太田真三)

光文社 小説宝石
2023年5・6月合併号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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